しばき隊リンチ事件を整理する - 加害者側弁護士文書と責任の順序

c0315619_18524157.jpg事件は2014年12月17日の午前1時前に始まった。北新地のワインバーでしばき隊5人が飲食している席にMが電話で呼び出され、店内に入ると同時に李信恵に一撃を受けている。この場面については、ネットに30秒間の録音が上がっていて、Bらが李信恵と被害者との間に入って取りなしている緊迫した様子が分かる。Mは言葉を発しておらず、双方の間に会話は発生していない。その後、LKがMを店外に連れ出し、1時間にわたって60発の顔面殴打を続けるのだが、その残酷な状況については、高島弁護士がICレコーダーを書き起こして再現した。録音が40分を経過したときに、Mが店外から店内に連れ込まれ、そこで李信恵による「まぁ殺されるんやったら店の中入ったらいいんちゃう」の発言が出る。この経緯は、李信恵が謝罪文で書いている「事実」とは全く異なるものだ。その後、Mは再び店外に連れ出され、LKによる執拗な顔面殴打の後半戦が始まることになる。店外での暴行にはBも加わった。1時間60発の殴打は前半と後半に分かれており、インターバルの時間に店内で李信恵の言葉が発せられている。事件現場となった北新地のワインバーは、雑居ビルの1階にあり、通路を入った奥左に店舗がある。カウンターだけの狭い小さな店だ。午前2時、李信恵がワインの写真をTwに上げている。



c0315619_18531353.jpg事件の後、コリアNGOセンターから仲裁の申し出があったこと、同センターが被害者に告訴を断念するよう迫ったことが鹿砦社の本に出て来るが、日付と氏名の特定がなく具体的に経緯が説明されていない。年が明けて、事件から1か月後の1月19日、加害者側の弁護士から被害者Mの弁護士宛に連絡が入り、示談の相談が入っている。その内容はネットに公開されているが、事件の概要を知る上できわめて重要な証拠資料だ。加害者側弁護士からの初めての正式な文書が届いた。そこには、「当職は(略)M氏に対して、鼻骨骨折、顔面打撲、頭部打撲、両耳介打撲、右下瞼挫創、口腔挫創等加療約3週間以上に及ぶ重傷害を負わせたLKより依頼を受け、被害弁償と慰謝、その方法と調整のために依頼を受けた弁護士です」と自己紹介がある。直接の依頼人としてLKの名前を出しているが、「上記傷害現場に同場した李信恵、並びにBからも、同趣旨の意向の表明を受けましたので、この2名の意向を含めたものとして理解していただいて構いません」とあり、3人の代理人として示談交渉をしたいと率直に用件を申し述べている。この弁護士文書の事実は、7月に出た鹿砦社の本の記事にも、6月に出た青林堂の雑誌の記事にも登場していなかった。その理由はおそらく、文書の中にクリティカルな部分があったからだ。

c0315619_18533355.jpgそれは、文書の2枚目に書かれた「M氏に対して行った罵倒や負わせた傷害結果について」の内容である。こうある。「(1)直接に暴行を行い、M氏に傷害を負わせたLK、(2)暴力に至る契機となった罵倒や胸ぐらをつかむ等の暴行を行った李信恵、(3)M氏に対して頬を張るなどの暴行を行ったB」、「(承前)は、加害者であるとの認識のもと、可能な限りの謝罪と補償に対応します」。この記述には、事件直後に加害者側において誰が何をしたかの認識が端的に示されている。現時点の被害者側にとってこの記述がクリティカルなのは、李信恵の行為が、最初にMを一撃してリンチの口火を切ったという真実ではなく、胸ぐらをつかむ等の暴行という説明になっていて、事実がスリカエられている点にある。そのため、この弁護士文書の記述が既成事実のようにエビデンスとして一人歩きすると、被害者側にとって具合が悪くなるという配慮が働いたのではないかと推察される。ただし、その一方、この弁護士文書は、李信恵は暴行に関与しておらず事件はLKとMとの私闘だと言い張るしばき隊に対しては、決定的な衝撃を与え、しばき隊の立場を完全に粉砕する波動砲の威力を持つ証拠でもある。その意味では、「胸ぐらをつかむ暴行」という事実認識は、何もしておらず潔白だとする謝罪文の立場(被告)と、リンチ暴行の皮切りの鉄拳を入れたとする立場(原告)と、その二つの立場の中間の<事実>と言えよう。

c0315619_18535475.jpgどうして、リンチ開始の一撃殴打が「胸ぐらをつかむ等の暴行」に変わったのか。それはおそらく、事件直後にコリアNGOセンターが仲裁に動き、被害者に告訴を断念するよう迫った事情と深い関係があるに違いない。文書2枚目の中段に、コリアNGOセンターのK○○がMと加害者との間に入った内情が書かれていて興味深い。その謎解きは別にするとして、この弁護士文書の記述はきわめて重要な意味を含んでいることに気づく。それは、Mに対する加害責任の重さの順序の問題である。弁護士による総括を上から辿れば、(1)LK、(2)李信恵、(3)Bの順になっている。看過できない重大事実だろう。コロンブスの卵だ。これは、事件直後に加害者の代理人が出した示談の申出文書であり、謝罪と補償の意思表明をした正式文書である。そのため、誰が何をしたかの事実認識の要約表記は、責任の重い順から軽い順に(1)(2)(3)と並べられている。繰り返すが、これは加害者側の文書である。一番責任が重いのがLK、二番目が李信恵、三番目がB、こういう順位で3人が罪を認めてMに謝罪する位置関係が分かる。この時期の、事件直後の加害者側の責任認識を証拠づける資料だ。われわれは、Bが起訴有罪、李信恵が不起訴となった略式裁判の結果を見て、(2)がBで(3)が李信恵だと観念してしまう。その責任の順序がいつの間にか一般表象になっていた。

c0315619_18541347.jpgだが、2015年1月17日の時点では、加害者側の認識でも李信恵の責任ランクは二番目なのだ。Mを電話で現場に誘き出し、Mに平手打ちを浴びせたBよりも、李信恵の方が責任が重いと判断する共通認識にあった。この示談申入の10日後、1月27日、辛淑玉文書が発信される。その後すぐに加害者3名が謝罪文を書く。LKは1月29日、李信恵は少し遅れて2月3日。李信恵の謝罪文の文面からは、「胸ぐらをつかむ等の暴行」の事実がすっかり消えていた。謝罪文の記述では、李信恵は暴行事件とは全く無関係で、ただ店で飲み食いしていただけだという「事実」になっている。わずか2週間前の弁護士による示談文書では、「胸ぐらをつかむ等の暴行」が明記されているのに、どうして2週間後の直筆の謝罪文ではその事実を消したのだろう。代理人の立場から考えれば、通常、このようなことはあり得ない。相手方に示談交渉で提示した事実認識の証拠を握られているからであり、それと矛盾を生じさせるからである。3人の謝罪文は、2月9日に被害者の手元に届けられた。やや前後するが、辛淑玉文書の日付と同じ27日、加害者側の弁護士から被害者に電話が入り、「謝罪会を開きたいから来て欲しい」と打診が入っている。この事実は青林堂の記事中にある。辛淑玉文書の裁定を受けての同時行動と思われる。この時点で加害者側が一つの方向性を決めていることが窺われる。

c0315619_18551736.jpgそれは、1月17日の弁護士文書の立場を覆すもので、刑事告訴するならせよ、しかし李信恵の加害責任は認めない、という姿勢のものだ。謝罪会は、事件解決の基本線をMとの間で合意するための設定だったのだろう。Mは謝罪会の誘いに応じず、1月29日に大阪地検に刑事告訴の手続きに行く。このとき、検察が受理に難色を示して不調だったため、結局、2月24日に大阪府警天満警察署刑事課に告訴、受理される経過になる。Mが事件直後に警察に被害届を出さず遅れた理由について、事件が表沙汰になると在特会に悪利用される恐れがあるので思いとどまったからだと鹿砦社の本の記事では説明されている。また、しばき隊の組織防衛のために公安案件となるのを恐れて配慮したという動機もネットでは定説になっている。警察の捜査が始まる前、事件に関して被害者側が持っていた証拠は、すべて先に加害者側が手にする関係になっていた。ICレコーダーの録音と医師の診断書。これは、12月にコリアNGOセンターが仲裁に入ってきたときに渡したもので、ICレコーダーの音を聞いた加害者側が、これなら李信恵の殴打事実の揉み消しが可能だと自信を持ち、最初は「胸ぐらをつかむ等の暴行」に変え、その次は知らぬ存ぜぬの無関与の一点張りで強引に押し通して裁判闘争を貫徹する方針に変わったのだろう。しばき隊を守ろうとしたMは、善意を逆手に取られる皮肉な結果に導かれた。

c0315619_18564194.jpg警察の捜査が始まり、3月23日に被害者が事情聴取を受ける。さらに8月13日、天満警察署で二度目の事情聴取を受ける。二度目の事情聴取は、再三にわたってMが捜査状況を問い合わせた上で行われたもので、告訴から半年が経っていた。この間、加害者側への捜査がどうだったかについては情報がない。10月29日、ようやく3人が書類送検される。巷では市民連合がどうのこうのとやっていた頃だ。何度も言うが、3人が書類送検されたという事実は重要で、李信恵が事件とは無関係とする主張を突き崩す根拠となる。12月9日、被害者が大阪地検で事情聴取を受ける。それから3か月後の2016年3月1日、大阪地検で略式起訴が行われ、LKが罰金40万円、Bが10万円の罰金命令となった。李信恵は不起訴処分。検察の決定の中身も不当だが、警察・検察の動きの遅滞ぶりに驚かされる。略式決定を下す事件について、書類送検から4か月もかけるものだろうか。その略式で処理する事件に府警は送検まで8か月も時間をかけている。捜査を担当した天満署の刑事にインタビューしたいものだ。以上、時系列の整理を意識して、事件の輪郭を明確にするための、何月何日に何があったかという事実を追いかけた。その中で、これまであまりフォーカスされなかった2015年1月17日の加害者側弁護士による示談申入の文書に着目し、加害者3人の責任がどう認識され位置づけられているかを確認した。

これは係争を前提した法的な文書であり、記された責任の順番の意味は重いと思われる。次回、もう一度、李信恵の謝罪文に戻り、その意味の分析と検証を試みたい。

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by yoniumuhibi | 2016-09-21 23:30 | Comments(2)
Commented by 市民 at 2016-09-22 23:48 x
「善意を逆手に取られる皮肉な結果に導かれた。」
この一文に、M氏としばき隊、及び、女ヤクザ信恵のこれまでの経緯が集約されているように思え、背筋が寒くなりました…。

「おーい。暴力事件だってよ、M」と何度もN間氏もSNSでおちょくっておられましたね?これは仲間内の出来事だから事件では無い。つまり仲間なんだから、と。
仲間である?との錯覚をさせて非道に行じる。この本質が、現在の中学高等学校で起きているイジメとも同化しますね…。
Commented by 愛知 at 2016-09-23 23:56 x
最高裁の負担というのを最後に述べますが、藤田宙靖最高裁判事は、おやめになった後に、「最高裁回想録」の中で、一つの小法廷で三千件を処理すると。これは、現在は三千二百件に伸びております。このうち九五%が持ち回り審議と言われまして、これは合議するまでもなく上告棄却あるいは上告不受理ということで裁判長が判断して、一件書類の押印欄に判こを押す。全部判こを押すんだそうです。一年間におよそ二千五百五十枚に印鑑を押すと。藤田先生は、チャップリンの「モダン・タイムス」に出てくる機械工とか養鶏場の鶏だという、非常にある種不謹慎でございますけれども、率直な御感想を述べられております。―――貴下記事、略式起訴から判決までの期間を見て思い出しました。昨年6月4日の衆院憲法審査会での笹田英司(早稲田大学政治経済学術院教授)参考人の記事録から。この憲法審査会こそが日本の分水嶺であったと心から惜しまれます。小林、長谷部両参考人の影に隠れてしまった感がありましたが、笹田参考人の意見は実に興味深いものでした。記事の本論から逸れる不躾をお詫びします。


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