辺見庸の『永遠の不服従のために』 - 15年前のBBCの近未来映画

c0315619_14211125.jpg池袋の大きな書店に行って新刊の書棚を眺めていると、辺見庸の『永遠の不服従のために』が「アンソロジー」となって並んでいた。昨年、講談社から辺見庸の抵抗三部作の文庫本がどれも絶版になったということで、この時節にそれは問題だと憤慨する声が上がり、ちょっとした事件になっていたが、別の出版社から三部作が新しい一冊の単行本に纏まって出ていた。オリジナルは、毎日新聞社から2002年10月に出たもので、サンデー毎日に連載して好評だった「反時代のパンセ」のエッセイを纏めた本だ。2001年に始まったアフガン戦争と、国内で整備されつつあった有事法制と、そして小泉政権に対する徹底的な批判が書かれ、政権に迎合するマスコミの姿勢が厳しく断罪されている。私がこの本を購入したのは、2003年の『いま、抗暴のときに』にの後だと思うが、イラク戦争が始まったとき、二冊をほぼ同時に読んだ記憶がある。日本にもまだこんな知識人がいたのか、健在だったのかと嬉しく心強く思ったのが感想で、すぐに講演会を聴きに行った。イラク戦争の開戦の頃、日本で言葉を発していたのは辺見庸と筑紫哲也で、米国ではサイードとチョムスキーが活躍していた。何か、はるか遠い昔のことのように思われる。



c0315619_14212335.jpg病気で倒れる前の辺見庸は活発に言論をしていた。今回、読み返すうちに、あらためて14年前のこの本が予言書であり、ここで示された予言が現実になってることに感じ入ったので、こうして記事で紹介しようと思う。特に、『非道』と題したエッセイに目が止まった。こんなことが書いている。「それは、あまりにも暗く、悲観的な近未来映画だった。(略)何年も前に、たしか、旅先のベルリンのホテルで、暗澹としながら観たはずだ。英国放送協会(BBC)の制作だった気がする。タイトルは、これも不確かだが、『2025年』ではなかったか。映画によれば、(略)2025年ごろ、世界はいまと一変して大動乱の最中にある。西も東も、すさまじいばかりの不況である。西欧にはおびただしい難民が押し寄せてきている。難民らはしばしば暴徒化し、兵士が機関銃を乱射して鎮圧したりしている。経済的利害をめぐり、EUと米国は、ぬきさしならぬほどの敵対関係となっている。米国はといえば、ホワイトハウスにぺんぺん草が生えっぱなしというくらいの没落ぶりで、大統領は、これまでのコーカソイド(白色人種)ではなく、人口伸び率の高いヒスパニク系から選ばれている。中国は泥沼の内戦中である。」(毎日新聞社 P.67-68)

c0315619_14213441.jpg「北京政府と広東だか上海だかの地方政府が軍事衝突しており、難民が週に数万単位で、海路、日本をめざしてやってくる。その日本だが、そのころには本格的に軍国主義化していて、海軍力まで動員し、難民排除の水際作戦を展開している。とにもかくにも、全編、希望の光など毫もないという未来予測ではあった。と、ここまで書いて、やや気後れしてくる。記憶が混濁しているか、脚色されているか、どちらかではないか。あれは、やっぱり、夢だったか...。(略)私としては、いまや、欧米の民主主義を根本から疑わざるをえない。(略)報復攻撃に参加している米英を中心とする金持ち列強がいま、連中の誇る精密誘導兵器を駆使して、着実になしとげていることがある。それは、テロの根絶などではさらさらなく、じつのところ、テロの育成なのだ。すなわち、理不尽な爆撃を重ねることで、アフガン住民、ひいてはイスラム世界、そして、南の貧困諸国住民の多くが心のうちにもつ『怨念の種子』を刺激し、次々に出芽させてしまっているということである。それらは、憎悪の人間爆弾と化して、いずれの日にか、米欧列強に(ひょっとしたら日本にも)、またぞろ不意の暴力としてぶつかってくるはずである。」(毎日新聞社 P.68-70)

c0315619_14215021.jpg念のため、BBCが『2025年』という映画を製作しているのか、どういう作品なのか、情報を調べようとしたが、ネットの検索では探し出すことができなかった。おそらく、辺見庸が書いているとおり、多分に辺見庸の脚色が入っていると推測するが、であるとしても、恐るべき慧眼と言うしかなく、14年後の2016年の世界を見事に言い当てている。2025年まであと9年。9年後には、果たしてホワイトハウスにぺんぺん草が生えているだろうか。辺見庸がこの文章を書いたのが2001年で、BBCが映画を制作したのはさらにその前だろうから、BBCが本当にこの空想未来映画を作っていたとすれば、BBCの知性と眼力に脱帽させられる。まず、「EUと米国は、ぬきさしならぬほどの敵対関係となっている」という描術は興味深い。この部分を読んで想起するのは、最近読んだトッドの議論で、その予言に似た傾向が看取される。総じて、欧州の知識人には、半ば無意識的な願望も秘めたところの、米国没落論の展望や予想への傾きがあり、米国と欧州の関係が現在のような従属的なものではなく、独立的で対立的な関係になればよいと思っている心理がある。フランスのトッドなら当然と頷けるが、英国のBBCまで、しかも15年以上前にこんな未来論を語っていたとは興味深い。

c0315619_142204.jpg偶々、昨日(7/19)は大統領候補を正式に選出する米共和党大会の初日で、トランプが会場の舞台に登場して演説する場面を各テレビ局の夜のニュースで放送していたが、この男が米国の大統領になる図について欧州の人々、特に左派の知識人はどう考えているだろうか。うわべでは顔をしかめて、困ったものだと嘆く態度を見せるだろうが、内心ではほくそ笑んで、米国の劣化と人材払底を歓迎、いよいよ米国も没落へ一直線だなと期待と昂奮でわくわくしているのではあるまいか。2025年まであと9年。果たしてホワイトハウスにペンペン草は生えるだろうか。「西欧にはおびただしい難民が押し寄せてきている」という未来図は現実になった。だけでなく、この動きは構造的なもので、止まることのないものだ。人口が増えている中東から、戦火を逃れ、イスラム国の暴力を逃れ、強権独裁と貧困を逃れて、続々と人々が海を渡る。エーゲ海と地中海を渡って西欧深部の安住の地をめざす。欧州の方も、米国の斜陽と没落ばかりを喜んでいられない状況となった。2年ほど前に見たネグリの朝日のイタビューでは、欧州が理念を失い、未来を失い、歴史の背後に沈もうとしている姿がよく表出されていた。フランス国内で頻発する悲惨なテロ事件は、フランス社会の自傷と自壊をあらわしている。

c0315619_1422946.jpg中国が南北に割れて内戦の混乱状態になり、夥しい難民がボートピープルとなって日本に押し寄せ、それに対して軍国主義の国になった日本が海軍を総動員して上陸を排除するという図については、リアリティがないわけではないが、眼前の現実と少し違うように思われる。今の東アジアの現実は、日本と中国が戦争前夜の状態にあるということに尽きる。さしものBBCの洞察力も、15年前まで遡った時点では、日本と中国が現在のような開戦前の関係になっているとは予想することができなかった。第三次世界大戦がこれから始まるかどうか、それは分からないが、もし始まれば、東アジアでは間違いなく日本と中国が戦争をしている。このことを否定する人間はいないだろう。さて、まことに恐縮ながら、今回新刊書となって発売された「アンソロジー」の中に、この『非道』が所収されているかどうかは分からない。また、辺見庸が書き下ろした「廃墟に不服従の隠れ処をさがせ」のまえがきと、「きっとこうなるであろうことが、やはり、そうなったことについて」のあとがきも、残念ながら私はまだ読んでいない。何となく、何が書いているか分かるので、敢えて目を通さなかった。それらが注目を惹いてネットで話題になるかどうかも自信がない。嘗てと較べて、人が辺見庸の言葉に関心を持つ度合いが減ったと感じるのは、私だけだろうか。

少し前は、辺見庸がどこかで講演会を行ったとなると、すぐに要約がネットに上がったものだ。とはいえ、他に言葉を発する者がおらず、言葉を期待する知識人がいないので、辺見庸が何か新しい活字の動きをしたとなると、何だろうと私は気になって情報を得ようとしてしまう。BBCの映画作品に仮託して、自身、2025年の世界を予言している14年前の辺見庸。しかし、まさかそこに、しばき隊だのSEALDsだのが出現して跳梁しているなどとは想像もしていなかっただろう。私も同じである。ファシズムとはこういうものか、これがファシズムかと、私はそう理解したが、辺見庸もおそらく同じではないか。(ファシズムの亜種である)SEALDsとしばき隊は、澤地久枝と仲よく横に並んで、改憲を阻止しようとか、安倍晋三のファシズムに抵抗しようとか、そういうことを平気で言うのである。


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by yoniumuhibi | 2016-07-20 23:30 | Comments(1)
Commented at 2016-07-20 22:01 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。


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