「行政の顔が見えない」 - 被災地のリーダーシップと蒲島郁夫・大西一史

c0315619_1559230.jpg一昨日(4/21)の報ステで、「避難所を回っていてよく聞いたのは、行政の顔が見えないということだった」と富川悠太が言っていた。本震(4/16未明)から一週間、私も同じことをずっと思っていた。おかしい。どうして、熊本県知事や熊本市長がマスコミの前に出ないのだろう、避難所を回って避難した人々の要求を聞いたり、質問に答えたりする絵がないのだろう、国民や政府に対して被災自治体の長としてメッセージを発信しないのだろうと、ずっと不思議に感じていた。この記事がアップされたときは、もう安倍晋三が熊本入りして、知事と一緒に避難所に入る絵がテレビで賑々しく報道されているだろうから、当記事の問題提起は意味が薄れてしまっているのかもしれない。が、4/14の最初の震度7の地震から一週間、これほど大きな震災の過程で行政のトップの「顔が見えない」状態が続いたことは、やはり異常なことだと言わざるを得ない。同じ一昨日(4/21)夜、NHKのNW9に熊本市長の大西一史が登場して、本震のときにガラスで足を切ったとか言って、怪我の証拠映像を見せていたが、どうにも中身のない、アリバイ的な言い訳映像の感がして脱力させられた。言葉がない。この若い熊本市長は、おそらく今の全国の地方都市の首長の典型像をあらわしているのだろう。



c0315619_15591594.jpg48歳。経歴を見ると、なるほどと思わされる。ドラムが趣味。日大の文理学部心理学科卒。日商岩井に入社。産業機械の営業に配属。2年後に会社を辞め、園田博之の秘書。園田博之といえば、熊本(天草出身)の2世議員で、自民党からさきがけ、さきがけから自民党、自民党からたちあがれ日本、たちあがれ日本から日本維新の会、日本維新の会から次世代の党、次世代の党から自民党と、次々と渡り歩いてきた右翼の大物議員だ。石原慎太郎や平沼赳夫の盟友で、74歳で今も現役議員をやっている。大西一史は、園田博之の引き立てで30歳で県議となり、5期務め、2年前に熊本市長になった。右翼で新自由主義で遊び人の、西日本ならどこにでもいそうな首長の政治家だ。630ヵ所と言われる避難所の大部分が、人口の多い熊本市に集中している。避難所で起こったことは、配給物資の偏りであり、多く届けられる避難所と何も届けられない避難所の格差だった。集荷される倉庫には物資が溢れていて、人出がなくて仕分と配送ができないのだと熊本市の担当者がテレビで言っていた。熊本には2万人の自衛隊が自己完結で派遣されているはずだった。そして、熊本市は、余震が続いていて危険だからという理由で、ボランティアが現場に手伝いに入るのを拒んでいた。

c0315619_15592699.jpg本来、熊本市長は、そこで、公然の場で説明責任を引き受けなくてはいけないのではなかったか。熊本市長がテレビに出てきたのは、余震も減り、避難所への物資配給も事情が改善され、インフラの復旧も進み始めた震災8目目のことである。熊本県知事の蒲島郁夫も、その姿がよく見えない。ときどきニュースの映像に出るが、本格的に何か言葉を発して、それがメッセージとして伝わったという場面がない。一部の報道では、今回の災害を政府が激甚災害指定するに際して、その範囲や時期について官邸(安倍晋三)と鬩ぎ合いをしているという情報があり、その影響かなとも推察されるが、どうして県民と国民に熊本県の代表者として言葉を発しようとしないのだろう。よく分からない。蒲島郁夫は69歳。学者出身で、もともと政治家ではなく、最早、誰にも遠慮しなくてはいけない身の上ではないだろう。もしも、安倍晋三が圧力をかけていて、マスコミには何も話すなとか、激甚災害指定の条件を下げろとか、そういう不当な要求をしているのであれば、堂々とマスコミの前で抗議の声を上げて、国民に向かって直接に支援を呼びかけ、同時に安倍晋三を正面から批判すればよいではないか。災害が起きているのは熊本であり、困窮しているのは熊本県民であり、それを救うのは知事の任務だ。

c0315619_15593844.jpgこの人物は選挙分析の大家で、東大で「政治学」の教授を務めていた人である。異色の経歴の持ち主で、変わり種の「政治学者」だが、熊本県知事になる前、朝日新聞での世論調査や投票行動の分析の特集で頻繁に名前が出ていた。朝日と組んで研究室との共同調査みたいなものを何度もやっていた記憶がある。中身は、特に印象の残る学問的な内容の問題提起ではなかった。いわゆる「計量政治学」のイメージそのものである。「21世紀臨調」の運営委員をやっていて、要するに佐々木毅の子分だということが分かる。だが、そういう前歴については多くの国民は知らず、また今回の震災ではどうでもいいことだ。69歳の樺島郁夫にとって、この瞬間こそが後世の歴史に名前が残る刻一刻で、人生の一事を成し遂げなくてはいけない瞬間だった。今回の震災は、被害がほぼ熊本一県に集中している。熊本地方から阿蘇地方が大きな被害が及んだ地域である。熊本県が始まって以来の最大の悲劇であり試練のときだ。そのとき、熊本県のリーダーの位置にいたのが樺島郁夫だ。しかも学者の出身である。どうして樺島郁夫は、県の代表者としてカメラの前に立ち、あるいはネットのSNSで、熊本の危機と窮状を全国民に訴えて、渾身の力で被災者を代弁して、救援を請う言葉で国民の心を動かそうとしないのだろう。

c0315619_15595126.jpgそれが指導者のあるべき姿ではないか。被害の現状はこうですと、県災害対策本部長の責任的立場として、リスクをテイクして、全国民の前で説明しなくてはいけないはずだ。質問に答えなくてはいけないはずだ。そして、熊本県民の心を一つにする、県民の心を抱きしめて励ます、魂魄の言霊を発しなくはいけないだろう。県民はそれを待っているはずだ。熊本県を襲った数百年に一度の未曾有の大禍ではないか。もしも、安倍晋三が何か裏で細工をして嫌がらせをしているのであれば、あるいは安倍晋三が手柄を - 震災対応の主導的立場を - 横取りすべく知事の任務に干渉し妨害しようとしているのであれば、堂々とそれを暴露して批判し、県民の前で筋を通せばよいではないか。ここで思い出すのは、熊本からすぐ近くの島原で起きた、25年前(1991年)の雲仙普賢岳火砕流の遭難のときの市長鐘ヶ江管一の勇姿である。私は、災害時の首長というのは、すべからく鐘ヶ江管一のように動くものと思っていた。だから、5年前の東日本大震災のときの各首長の対応についても、全員に合格点をつけることができない。鐘ヶ江管一のリーダーシップが基準だから、それ以下は不合格だ。それでも、今回の大西一史と樺島郁夫に比べれば、南三陸町の佐藤仁、南相馬市長の桜井勝延、浪江町長の馬場有などは、それなりに住民のため精一杯尽くす姿は見せていた。

同じ年の紀伊半島豪雨のときの勝浦町長、寺本真一の自己犠牲的な震災対応指揮も評価できる。だが、今回の熊本地震では、どこまでも行政の顔が見えない。被災自治体の代表者のリーダーシップが見えない。地震、津波、豪雨、土石流と、大きな災害と隣り合わせに生きる時代になり、本当は鐘ヶ江管一のようなリーダーが自治体にいなくてはならないのに、この国の地方自治と災害対応のリーダーシップは劣化ばかりが進んでいる。


c0315619_160124.jpg

[PR]
by yoniumuhibi | 2016-04-23 23:30 | Comments(1)
Commented at 2016-04-23 17:58 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。


カウンターとメール

最新のコメント

週刊新潮、私も購入。文芸..
by 愛知 at 03:38
(2の2) 豊田真..
by 七平 at 00:02
(1の2) 以前、..
by 七平 at 00:00
>究極のポピュリストで、..
by liberalist at 02:53
自民党の河村元官房長官が..
by ポー at 19:44
twitterに豊田の桜..
by ポー at 15:25
地方在住者で、東京都民で..
by きく at 00:19
橋下徹が安倍内閣に入った..
by エドガーアランポー at 17:57
今度の都議会選挙は小選挙..
by liberalist at 00:03
一番問題なのは、逮捕状ま..
by 私は黙らない at 07:13

Twitter

以前の記事

2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月

記事ランキング