慰安婦問題の日韓合意は破綻する - 倫理的主体を欠いた歴史外交は成就しない

c0315619_1538172.jpg慰安婦問題をめぐる日韓合意が12/28に発表された。それによると、今回の合意は「最終的かつ不可逆的解決」と確認されていて、以後、この問題をめぐって「国際社会で互いに非難・批判することは控える」という方針が表明されている。蒸し返さないということだ。政府間の合意であり、国際社会も高い関心を寄せている中でのコミットであるため、軽い合意ではないのだが、私はこの合意は守られないだろうと予想する。すぐに破綻して反故という流れに向かうのではないか。最初に報道を聞いたとき、そう悲観的な見方を持った。内田樹など左翼リベラルの論者は、この合意を一歩前進と前向きに評価し、歓迎のコメントを発しているけれど、私はそのような感想を持つことはできないし、この政治に積極的な意味づけを与えることはできない。なぜなら、この合意は、米国への媚売りが目的の粗悪なハリボテ細工の外交で、すぐに合意の中身が崩れるからで、合意が破綻した後に現在よりも強烈な日韓の不信を招くことが見え見えの政治だからである。韓国の動向を見ると、今回の合意に対して最大野党が強く反対して政府を非難している。屈辱であり野合であると言い、弱腰外交だと糾弾している。日本の野党の肯定的な姿勢とは様子が違う。元慰安婦たちも、日本側に法的責任を認めさせることなく、自分たち被害者に相談もなく、唐突に、政府が「最終的解決」を日本側に約束したことを激怒している。



c0315619_15373154.jpg韓国のマスコミは、この合意を歓迎し宣伝する役割を担っていて、韓国の国民世論を合意支持に向かわせようと躍起になっているが、これは、韓国のマスコミ自身が青瓦台を焚きつけ、早く慰安婦問題を決着させて日本と仲よくしろと煽ってきた張本人だからだ。韓国のマスコミは、日本以上に米国の支配下に置かれていて、コリアハンドラーズの意向と要望をそのまま論説記事に書いている。朴槿恵に方針転換して安倍晋三と妥協するよう韓国世論を操作してきたのは韓国のマスコミで、したがって、この合意について入念に意義を「教育」し、賛成派が多数になるよう努めるのが韓国マスコミの仕事だった。だが、選挙を来年に控えた最大野党が、こうして正面から拒絶の反応をしたことは、韓国世論の多数がこの外交に反対に回るという判断の上でのことだと思われる。つまり、韓国マスコミは洗脳工作に失敗するということだ。そもそも、本当にこの合意が「最終的かつ不可逆的な解決」であるのなら、それを正式文書にして内外に見せないといけないし、朴槿恵と安倍晋三が首脳会談して文書に署名しないといけない。そうした手続きも踏まないまま、双方が勝手に合意を解釈できる形にして発表したところで、どうしてその合意が担保されるという楽観的見通しが立つのだろう。私は、この合意を、即座に前進だと肯定的に評価した左翼リベラル論者の、外交についての常識を疑う。

c0315619_15374147.jpg報道によると、3月に米国で日韓首脳会談をセットし、そこで正式に文書化するという段取りがあるらしいが、いかにも米国がすべてを仕切って引き回しているのが明白で、米国らしい底の浅い外交工作の実態と本質が丸見えだ。笑止。3月までに、事実上、政治の流れの中で合意は崩壊するだろう。狡猾な日本政府は、合意文書を作成しなかったのは韓国側の要望によるものだと言っているが、それは形の上でのことで、実際には安倍晋三も、「軍の関与の下に」とか、「心からおわびと反省の気持ちを表明する」などという文言が入った文書は残したくなかったのだ。そして、10億円の拠出は慰安婦像の撤去が前提条件という形にして、撤去が難航する事情を織り込み、成り行きの中で合意が破綻することを計算して合意したのである。破綻が見込まれていて、決して本気で「最終的で不可逆的な解決」などとは信じていない。今回の政治について言わなくてはいけないことは - これは誰も指摘してない観点だが - こうした歴史に関わる重大な外交というのは、何より、そこに主体的に関わる政治家の誠実な内面が必要だという点である。戦争の加害者が被害者と向き合い、戦争の負の歴史を清算すべく和解外交を試みて成果を上げようとするときは、任務を担当する指導者の思想と情熱が何より問われる。具体的に言えば、1972年の日中共同声明の大平正芳と田中角栄でなくてはいけない。

c0315619_15375287.jpgあの乾坤一擲の合意と声明は、まさに政治家の思想と態度が成したものだった。そして、それを押す(吉野源三郎的な)倫理と精神を持った日本国民がいた。だから、破綻することなく四半世紀の間、日中友好の関係を続けることができたのだ。もし、今回の日本側の当事者が河野洋平であり、1995年の日本国民がここにいれば、日本側の法的責任を認めるものであれ、認めないものであれ、その外交は、その後の日韓友好と信頼の基礎を築くものとなったことだろう。 今の日本の政治家にも、今の日本の国民も、慰安婦問題を解決する能力がない。その前提条件たる内面がない。だから、どれほど合意の中に「軍の関与」の歴史認識が入り、「心からの反省とおわび」が首相表明が入っても、問題を解決することができないのである。真面目な心のない、二枚舌のうわべだけのことだから、元慰安婦から反発され、韓国国民にも信用されないのだ。この種の歴史問題で俗に言われる話として、最も右寄りの安倍晋三が決断したことだから、国内を説得できるとか、国内が揺らぐことがないなどという、根拠のないくだらない政治言説がある。どういう論理と思考でそうした議論が導かれるのか、私は首を捻る。歴史認識の外交という問題を軽視した、人をバカにしたレベルの低い政治評論だ。中国に対して申し訳ないことをしたという、反省と悔恨の念が本当に内面にあったからこそ、大平正芳はあの外交を纏められたのである。

c0315619_15371015.jpgTwの意見にもあったが、今回の合意内容は、もともと野田政権時に韓国側と詰めて、ほぼ合意に至っていたものとほとんど同じだ。日本の外務省から提示していた中身であり、安倍晋三が政権を取ったために交渉が行き詰まっていたものである。その意味では、(右翼から見れば)安倍晋三は後退したと言えるかもしれず、韓国側は、韓国側の要求に日本側を引き寄せる妥協を得たと言えるかもしれない。だが、「法的責任の承認」を手放した上で、この線を「最終的で不可逆的解決」としたことは、韓国側にとって重大な譲歩と言えるだろう。韓国政府(青瓦台)がこの譲歩に応じざるを得なかったのは、米国の強い圧力を受けたからである。米国オバマ政権の方針が、第2次安倍政権ができた3年前(2012年末)とは大きく変わり、安倍晋三の右翼・復古反動路線に対する警戒と距離感での対応ではなく、むしろ宥和し、べったり癒着して利用する方向に変わったため、韓国政権が置き去りにされて孤立する羽目に陥ったのである。その変化は2014年に入って顕著になり、南シナ海問題で明確に米中が対立状態になって以降、くっきりとした関係になった。オバマ政権は、G2の相棒である中国と蜜月を組み、米中韓でマイルドなハーモニーを演じる方向ではなく、中国を厳しく封じ込める方策に転換、日米同盟を強化し、そこに韓国を取り込み、韓国を中国から引き離し、敵である中国に対して米日韓の同盟国で対抗するストラテジーを固めた。2015年はその構図が固まった不幸な年だった。

c0315619_15381446.jpg韓国側にとっての誤算というか不運は、普通であれば、1年か2年で首相が交代し、政策も模様替えする日本が、そうならず、極右の安倍晋三が選挙に勝ち続け(12年衆、13年参、14年衆)、3年間の長期政権となり、今年は総裁選で再選され、さらに3年の政権の座を固めてしまったことだ。1年か2年待てば安倍晋三は消え、野田政権との間で詰めていた慰安婦問題の交渉を復活させ、日韓首脳会談で再び協調関係へと考えていた青瓦台(世宗研究所・日本研究センター長の陳昌洙)は、思惑を裏切られ、安倍晋三との首脳会談に応じざるを得なくなり、米国の命令に従って慰安婦問題で妥協せざるを得なくなった。中期的な日韓外交戦略の目標を修正せざるを得ないところに追い込まれた。米国と中国がここまで冷戦に入ることも韓国にとって想定外だったし、極右の安倍晋三がここまで日本国民に支持され、不動の人気を維持することも想定外だった。誤算続きによって窮地に立ち、安倍晋三の意のままに屈服を余儀なくされた格好だ。陳昌洙と韓国外交部はさぞかし無念なことだろう。こうして、状況はどんどん韓国にとって不利となり、東アジアの国際社会の中でリベラルなスタンスにあった韓国は孤立し、右翼ファッショの安倍日本の前に白旗降参の状態となる。最近、韓国の新聞は安倍晋三に「右傾」「右翼的」の語をもって批判することをしなくなった。ひたすら米国に媚を売り、経済を理由にした安倍日本への阿りと、米日の目線からの韓国政府叩き(自虐)ばかりやっている。

2年前までは、韓国の政府やマスコミは、日本の政治全体にとって「野党」だった。それがすっかり変わり、東アジア世界に日本政治にとっての野党勢力がいなくなった。残念な年の瀬だ。(1年間、どうもありがとうございました。どうぞよいお年をお迎えください)


c0315619_15382847.jpg

[PR]
by yoniumuhibi | 2015-12-30 23:30 | Comments(9)
Commented by エドガーアランポー at 2015-12-30 18:43 x
今年一年有難うございました、「世に倦む」様の記事の数々、とても勉強になりました。
私もお陰さまで「この韓国との件には何か裏があるんだろうな」くらいの嗅覚を、持てるようになりました。詳しいことは知りませんが、壮大な悪だくみの序章のような気がします。今後もよろしくお願い致します。よいお年をお迎え下さい。
Commented by ローレライ at 2015-12-30 18:44 x
『日本自衛隊が米軍肩代わり』で『韓国進駐』する準備が進んだ『韓国処分』に韓国大統領が協力した屈辱。
Commented by 半覚醒状態 at 2015-12-30 19:39 x
一年間ありがとうございました。今回の日韓合意、朴大統領の今夏の訪米の前後で安倍政権に対する態度が大きく変化したことが気になっています。この訪米の際ベトナム戦争中の韓国軍兵士のベトナム人女性に対するレイプ事件について米マスコミを巻き込んだ強い非難を朴大統領は受けていたようで、そうした事が大きな圧力となって韓国側の態度に変化が起きたように思えるのです。ですから今回の日韓合意はアラブ空爆の有志連合の東アジア版の始まりではないのかと考えています。日韓は米の圧力によりザイルで固く結ばれた一組のパーティーのように軍事面で協力しながら極めて危険な岩壁を登攀させられる運命に至ったのだと悲観的に見ています。
Commented by 長坂 at 2015-12-30 23:00 x
かねてからアメリカにせっつかれていた慰安婦問題の解決。早くしないと年が明ける。「10億でどうだ?その代わり少女像の撤去ね」の本気度ゼロのやっつけ仕事。相変わらず元慰安婦達不在のままの決着。と言うか女性達のために解決するのではなく、アメリカのためだもの。女性達が切望するものは「事実の認定、謝罪、賠償、真相究明、歴史教育、追慕事業、責任者処罰」(声明 日本軍「慰安婦」問題、早まった「談合」を警戒する---kscykscy.exblog.jp) どうせ聞き入れる気はないんだし、本当の解決からは程遠い。
韓国軍によるベトナム人女性レイプに関して、あの在米ベトナム人団体はパククネ訪米に合わせて即席に作られた実体のない団体。日本の外務省が絡んでいたのではなかったですか。ベトナム人レイプに関してアメリカが韓国を非難するのは藪蛇ですので、大きく騒いだのは日本のマスコミでは?
今年も大変お世話になりました。有難うございました。日日様の予想が外れ、なんとか戦争になりませぬように。
Commented by 愛知 at 2015-12-31 01:50 x
韓国のマスコミが、現在の日本の政治動向を記事にするにおいて、「極右」「右傾化」「軍国主義」のキーワードで文章を構成するのは、決して彼らが感情的になっているからではなく、また、日本を過激に非難する言葉を並べて、読者(韓国市民)に迎合しようとする動機や思惑のものでもない。真実を客観的に捉える思考の結果、これらの語が概念として想定されるのである。日本の地上空間に張りついて呼吸をしている日本人は、日常の中で感性と判断力を麻痺させ、空気中の右翼成分の毒素に慣れきってしまっていて、この国の政治の「極右」や「右翼化」にきづかない。これらの言葉で自らの政治社会を説明されるのを拒否する。違和感を感じる。その批判に対して「反日」の語で反論して、「左翼」の一語を用いて満足する。―――安倍晋三が当時、野党であった自民党の総裁に返り咲いた当時、2012年9月27日の貴下ブログ記事から引用させて頂きました。

一昨日(12/28)の日韓会談後の野党のコメントに驚愕し、昨日の中日新聞朝刊一面の記事を見て、信じ難いと目を疑いました。

一昨日来、日本のリベラル識者が用いられている「出発点」「真の解決」という薄っぺらな語は、他の方のコメントにあったハンギョレの会談後、早い段階の記事に見つけ、それも驚きでしたが、時刻の経過とともにハンギョレの記事は韓国市民側に急旋回していました。貴下ご指摘の鼓腹撃壌の吾身にも、政治意識の高い韓国市民に押されてのものだと感じられます。

日韓会談後のリベラル層の反応に驚き、これで年開け国会、開戦への慫慂に抗しうるのかと絶望的な心配をいたしております。
最後になりましたが、前のコメントで王選さんの陳述書、2002年とすべきを202年と書いてしまったことを訂正して陳謝いたします。本当に1年間、幾多のご教授を賜り、厚く御礼申し上げます。
Commented by 芝ちゃん at 2015-12-31 17:43 x
85歳の愛読者です。いつも勉強させて頂いています。
今回の「日韓合意」についても、私の最初の印象は『良かった』と、単純に思いましたが、ブログ主様の論文を熟読し、自分が如何に浅薄な人間かを恥じ入っています。
これまでも、こういう事態がたびたびあり、その都度新しく自分を見直しています。
来年からも、どうか宜しくご教授をお願い申し上げます。
Commented at 2015-12-31 20:03 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2016-01-04 16:06 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 愛知 at 2016-01-04 16:59 x
謹んで初春のお慶びを申し上げます。本年も倍旧のご指導、ご鞭撻を賜りたく、宜しくお願い申し上げます。

1月4日の首相会見冒頭「新年を迎えた今この瞬間にも遠く離れたアフリカの地で、南スーダンの自立を助けるPKO活動に従事し、海の大動脈、アデン湾で海賊から世界の船を守る自衛官の諸君がいます。その強い使命感と責任感に心から敬意を表するとともに、身が引き締まる思いであります。」

その談を受けているのが、同じ日の神奈川新聞、論壇インタビュー。前の読者様がコメントで取り上げられていた「自衛隊を活かす会」の伊勢崎賢治氏の以下の論。

「そんな現場に今、自衛隊がいます。アフリカ史上最悪の内戦が続くコンゴの隣、南スーダンに。PKO協力法が撤退要件とした停戦合意は何度も破られ、でも自衛隊は帰らない。任務半ばの撤退に必要な政治判断がないからです。」

伊勢崎氏自身のネットでのコメントは、「共同通信のインタビューですが、まずは神奈川新聞から。」
同じ日に発表された首相談話と、今後も配信されるのだと言いたげな伊勢崎氏の論。正常な頭で見れば、ふたつはセットとしか映りません。

節税効果を謳い企業から多くの寄付金を集めている戦争屋さんのNPO
法人。理想の党の支持まで広範に得て、さぞ商売繁盛でしょう。

違和感を覚えられた方も多いと思いますが、伊勢崎氏の表現は「自衛隊は帰らない」。「帰れない」ではなく。統幕監部の影を見るのは、私だけでしょうか。


カウンターとメール

最新のコメント

87歳の愛読者です。 ..
by 芝ちゃん at 20:46
通りすがりの英語教師のk..
by shugo kuwahara at 19:24
本当、仰る通りですですね..
by 長坂 at 11:14
これまでも論旨に異論はあ..
by スサ at 04:21
理路整然とした考察,お見..
by Columbites at 22:13
見事な考察 時系列の記録
by 府民 at 21:08
前原は2度にわたって国難..
by Columbites at 16:04
今回の騒ぎで、前原のよう..
by 読者 at 13:34
くじらの国(kujira..
by 宮澤喜一や河野洋平の頃は本当に良かった at 18:39
私は「必要悪」としての野..
by Columbites at 13:44

Twitter

以前の記事

2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月

記事ランキング