SEALDs選書の面妖 - 君たちは『君たちはどう生きるか』をどう読んだのか

c0315619_1755068.jpg少し前、「SEALDs選書」のプロジェクトという動きがあった。8月23日には第一弾の基本15冊なるものが発表され、この選書を店頭に並べる書店を増やす運動が始まった。その後のl騒動と紆余曲折は周知のとおりで、ここでは経緯を省略するが、プロジェクトはやや尻すぼみになった感がある。プロジェクト始動を告知する口上には、「SEALDsの活動理念の基礎を形作り、多くのメンバーがフェイバリットに挙げる書籍を厳選しました」とある。また、「より多くの皆さんに安保法制や政治、歴史問題についての幅広い知識に触れる機会を提供するべく、各メンバーが影響を受けてきた書籍を選書リスト化」したとある。この説明そのものは、並んだ15冊を見たとき、おそらく彼らの中での事実だと思われる。推測するに、半分ほどは院生の諏訪原健がピックアップし、残りは他のメンバーが無造作に上げたものを入れたのだろう。これを見ての私の感想は三つほどある。第一に、本当に読んだのだろうかということだ。第二に、無駄なもの、不要なものが多いということだ。第三に、思想的に矛盾するものがごちゃまぜになっているという点だ。具体的に言えば、例えば、高橋源一郎とか小熊英二とかは、いわゆる脱構築派のイデオローグであり、戦後日本の社会科学の基本的な思想や所産に対して批判的で冷笑的な言説や視線を浴びせてきた者たちである。



c0315619_176161.jpg推薦本15冊の中に、吉野源三郎と丸山真男を入れ、同時に小熊英二と高橋源一郎を入れ、さらに刈部直まで含めるという行為は、悪い冗談を言っているか、そうでなければ、吉野源三郎と丸山真男は過去の悪しき遺物として批判するために読めと言っているようなものだ。そうでないとすれば、何も考えてなく、意味を正しく考えてないということになる。思想的整合性がない。もしも、吉野源三郎と丸山真男を本当に読み、その価値と意味を内在的に認め、他に勧めるというのであれば、その推薦書のバスケットの中に小熊英二と高橋源一郎を入れてはいけない。刈部直は論外で、常識を疑われる選定だ。簡単に言えば、吉野源三郎の一冊は、まさに戦後民主主義の精神そのものである。生き方の本だ。この本は、誰でも知っていることだが、丸山真男の思想形成に大きな影響を与えた。丸山真男だけではない。戦後の、平和と民主主義を守る運動を担ってきた者たち、教育者と知識人、戦後の日本の学問を築き上げた者たちは、例外なくこの本で自身のカーネルを育んできた。戦後日本人にとっての『君たちはどう生きるか』は、西洋人にとっての聖書に等しい至宝の一冊と言っていい。SEALDsの面々は、本当にこれを読んだのだろうか。この本を今の若者が読んだとき、すぐに分かるのは、気づかされるのは、今の日本人の価値観や精神性との違いであろう。

c0315619_1761225.jpgこれは、例えば、今の日本人が、日本国憲法前文を読んだときに受け取る清新な感想でもあるだろう。一言でいえば、真面目なのである。純粋無垢で、ひたむきな精神の輝きがそこにある。80年代以降のお笑い文化とは無縁な、瑞々しく清冽で、理想を持った倫理的な人間がそこにいる。私がずっと、脱構築という言葉で否定的に対象化している思想性は、戦後社会科学や戦後民主主義を否定する左からの言説一般を指すが、そこに特徴的に胚胎しているのは脱倫理の思想性だ。脱構築の本質は脱倫理である。80年代以降、日本人は倫理への関心を捨て、倫理の概念を捨て、倫理という言葉を日常的に使うことをやめた。例えば、政治倫理は政治とカネという言葉に変わった。マスコミは、もはや政治倫理という言葉を使わない。弁護士倫理規定は弁護士職務基本規程に変わった。どうして言葉が変わったのか、よく分からないけれど、前の弁護士倫理と今の弁護士職務規程では、一目瞭然で中身が大違いだ。前の弁護士倫理に書かれているところの、あるべき弁護士像、弁護士の理念こそ、まさに吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』の倫理思想に通底するものである。前の弁護士倫理には、戦後日本の理想と倫理が色濃くあり、戦後思想がバックボーンとなっていることが分かる。アカデミーでも、倫理と言わずコンプライアンスの語を多用するようになった。

c0315619_1762297.jpg倫理とコンプライアンスは全く別物だが、米国思想のコンプライアンスを直輸入して使っている。日本国憲法の前文の誓いには、吉野源三郎的な倫理が内面化された真摯な日本人が立っている。60年安保のとき、国会前にデモに押しかけたのは、まぎれもなくその倫理性をカーネルに持つひたむきな日本人だった。そうした戦後思想が、崩され始めるのが全共闘の大学紛争のときで、明確に否定されるのが80年代の脱構築思想のアカデミーの跳梁と蔓延のときである。このとき、丸山真男・大塚久雄の学問は、尊重され継承されるべき正統の教義ではなくなり、悪しき国民主義だののレッテルを貼られ、相対化され、侮辱され否定され超克される過去の思想になった。その手術あるいはクーデターをやったのが、山之内靖や子安宣邦や酒井直樹であり、新しい脱構築のアカデミー王国の正統支配者として君臨しているのが、西谷修や成田龍一や吉見俊哉や内田樹や上野千鶴子や小熊英二のお歴々だということになる。そうした「戦後思想vs脱構築」のコンテクストを踏まえた上で、SEALDs選書は選ばれるべきで、公表前に内部討論されるべきだが、選書に責任のある当人たちは、こんな説明をしてもポカンと口を開けたままに違いない。日本の本屋は、この10年ほど、やたら丸山真男を神格化して商売している。その丸山真男の真価を認めず、貶しまくっている脱構築屋の商品群と一緒に並べて。

c0315619_1763618.jpgたしかに、丸山真男は民主主義は制度だけではないと言い、運動としての民主主義を強調し、永久革命としての民主主義を提起、宣揚した。けれども、丸山真男が唱えた民主主義の永久革命の像は、マスコミに巧く潜り込んでテレビで国会前デモを宣伝する若者の姿とは根本的に違う。言葉らしい言葉も何もないのに、カッコだけ、イメージだけをメディアで訴求する路上運動とは違う。無内容なワンフレーズの「なんだあ」を連呼して狂騒する没理性的な大衆行動とは違う。そこには、まず、議論がなくてはならず、抗議行動する根拠と理由がなくてはならず、聴く者に共感を覚えさせる言葉がないといけない。SEALDsが安保法案に反対する学生集団だということは分かったが、なぜ彼らが運動のリーダーになっているのか、どうして国会前の主役に収まったのか、彼らの政治理論が何なのか、それはさっぱり分からなかった。SEALDsの主張は、ネットではもっぱら「防衛隊」であるしばき隊が代弁し、SEALDsに対する批判からガードしていたが、それは揶揄や罵倒が飛び散った140字の群れであり、論理的に整序され構築されたテクストとしては示されなかった。マスコミのSEALDsの紹介は、ジャーナリズムによる報道ではなく最初から美化であり、持ち上げて大衆の支持を集めることに徹したプロパガンダだった。だから、SEALDsには胡散臭い工作の臭いがつきまとい、裏で誰かが操っている印象が拭えなかった。

c0315619_1764711.jpgできれば、この選書リストを並べたSEALDsの学生に、『君たちはどう生きるか』をどう読んだのか、どこに感動したのか、何を学んだのか、感想レポートを書いて読ませて欲しいと思う。小熊英二とは齟齬はないのかも聴きたい。今回の記事は、SEALDs選書の基本15冊の怪しさを批判しながら、それでは何を読むべきかを提案するつもりで書き始めた。が、その前に、吉野源三郎と戦後日本人の倫理の問題に言及せずにはいられず、前段が長くなって紙幅がなくなった。提案する推薦書は次の記事で作業したい。敗戦の後、民主主義という言葉を日本人は必死に学び、それがどういう理念なのかを自分の言葉にして行った。民主主義的でない現実の身の回りの社会のあり方一つ一つを批判し、それを裏返した理想的な社会をイメージし、その建設を目標にした。そのとき、吉野源三郎が教えたのは、民主主義の社会を作るためには、作り手たる民主主義的な人格が必要であり、近代的精神を持った担い手が教育によって新生されなくてはいけないということだった。戦後の日本人は、吉野源三郎の教育を正しく吸収した。私は、SEALDsにもう一度『君たちはどう生きるか』を読み直してもらい、そのストレートでベーシックでステイブルな近代主義の思想と、高橋源一郎や小熊英二の言説との差異というものを実感してもらいたい。それと、丸山真男を読むときは、他の本ではなく、未来社の『現代政治の思想と行動』を最初の一冊にせよと言いたい。

丸山真男の著書を一冊推薦書にするのに、どうして平凡社ライブラリーの『丸山真男セレクション』などが選ばれてしまうのだろう。納得がいかない。あまりに無神経で、人をバカにした話で、日本の政治学と戦後民主主義をバカにした話だ。丸山真男だったら何でもいいと考えているのなら、その誤った考え方は直さないといけない。丸山真男に対する冒涜だ。


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by yoniumuhibi | 2015-12-16 23:30 | Comments(3)
Commented at 2015-12-16 20:44 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by mujinamiti at 2015-12-16 22:21
無内容なワンフレーズの「なんだあ」。これが本来の姿でしょう。
奥田愛基が参院公聴会で放ったスピーチ。ライターが手を入れてる箇所が散見できます。
国会前でも本気で聴かせたければ、ライターが毎週手を入れたスピーチ草稿を元に、奥田の意図を超越し、聴き込めるスピーチが出来たはずです。

奥田は人寄せパンダになるのを由としなかった。だが自身の言葉すら持っていなかった。結果、自己満足に終わり周りがヨイショする。

奥田小僧を手なづけてたなら、ライターの作る国会前での毎週毎の本気スピーチも可能だったでしょう。だが、果たして彼らにその意志があったのか。国会前を重要拠点と見ていたか。
無かった、としか見れません。

政治倫理への問いかけに「なんだあ」はあり得ません。
それに応える参集者も思考停止してたのは確かです。
Commented by 長坂 at 2015-12-17 01:35 x
シールズ女子大生の「帰ったらご飯を作ってくれて、待っててくれるお母さん.....この日常を平和と呼びたい。」ジェンダー云々以前に、血だらけのサンドイッチを握りしめているシリアの幼女、全身埃まみれで瓦礫にうずくまるガザの少女。この余りにも辛い現実とのギャップ。「好きな人に教えてもらった曲を聞きながら帰」れる幸せな女子大生は、70数年前に慰安婦にされた植民地の少女達に思いを馳せる事はできるか?
コペル君の叔父さん曰く「自分ばかりを中心にして、物事を判断してゆくと世の中の本当のことも、ついに知ることが出来ないでしまう。」
シールズのHPで強調される戦後の平和な日本。朝鮮特需だベトナム特需だと繁栄の陰に流された多くのアジアの人達の涙、忘れないで。


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