世界のコンセンサスになった南京大虐殺 - 日本の歴史歪曲外交工作の失敗

c0315619_19145118.jpg南京大虐殺の歴史資料がユネスコの記憶遺産に登録されたことについて、中国側の関係者がどう発言しているか、日本のマスコミ報道では内在的に紹介した情報がないのでネットで探してみた。華春瑩報道官が10/9の定例会見で語った言葉が北京週報にある。「南京大虐殺と慰安婦の強制連行は、日本軍国主義が中国侵略戦争中に犯した重大な罪だ。中国は歴史に責任を負う態度で申請を行った。これは日本を含む各国の人々が、侵略戦争の残酷さを認識し、歴史を銘記し平和を惜しみ、共に人類の尊厳を守っていくことを促す」。中国政府による公式の論評の全文を見たいが、日本語の検索では見つけることが難しい。華春瑩のこの発言は会見の質疑応答の一部だろう。私も同じ立場で異論はない。1972年に日中国交正常化を果たしたとき、日本の政府もマスコミも国民も、この華春瑩の認識と立場を等しく共有していた。私はそこから動いていない。中国系米国人の団体である「世界抗日戦争史実維護連合会」の副会長の言葉を拾った記事があり、「これは中国政府と海外華人が長年取り組みを続けてきた結果。記憶遺産への登録によって、南京大虐殺という史実の世界的な認知度がますます高まるだろう」と言っている。共感する。2004年に自殺したアイリス・チャンのことを思い出した。



c0315619_1914236.jpgサンタクララの国道上の車の中で拳銃で頭を撃った。カナダ在住の華人は、「南京大虐殺の文書が記憶遺産に登録されたことを知り、皆涙を流して喜んだ。これは、単純なユネスコだけの事柄ではなく、その背後には正義と良知の拡がりがある。歴史が記憶され、真相が明らかにされ、日本による様々な妨害を克服した、大きな勝利だ」と言っている。日本のマスコミ報道では、中国による南京大虐殺のユネスコ世界遺産登録の動きが、2013年末の安倍晋三の靖国参拝を契機として、それに対抗する国策として習近平によって指令され、2014年に申請が行われたという説明になっている。こうした日本の報道を意識した対応かと思われるが、人民報日本語版が10/13に記事を載せていて、南京大虐殺の文書(もんじょ)のユネスコへの登録が、8年前から始まった文化運動で、コツコツと地道に努力を積み上げて得た結果だという事実が解説されている。最初に世界遺産登録を提案したのは、当時ユネスコ文化局長だった女性だったらしい。考えてみれば、アウシュヴィッツとビルケナウの強制収容所が文化遺産に登録されたのが1979年で、この制度が始まった初期の頃のことだ。原点であるユネスコ憲章の精神を鑑みれば、南京大虐殺の歴史が何らか世界遺産として認められて、保護と教育啓発の対象に指定されるのは当然であり、今回の登録はむしろ遅きに失したとさえ言っていい。

c0315619_1914772.jpg中国の政府と人々が言うように、南京大虐殺は、ようやくナチスのユダヤ人強制収容所虐殺と同じレベルの普遍的な歴史認識の地位を得、人類史に記憶されるべき重大な戦争犯罪の歴史となった。この意義は大きい。従来、この歴史についてはグローバルなレベルで必要十分な注目と関心が向けられず、世界の学校教育で扱われる歴史課程の一般知になっていなかった。嘗ての「カチンの森」事件のような、コレクトネスが論争的な現代史であり、不明さと曖昧さが漂って断定的な結論ができないクリティカルな問題系だった。今回、ユネスコが記憶遺産(Memory of the World)にリストしたことで、南京大虐殺はアウシュヴィッツと同じ位相のスタンダードな歴史となり、普遍的な歴史知として公認されたことになる。すなわち、グローバルなコンセンサスとなり、歴史認識としての正統性を確立させた。画期的なことだ。今回、14名からなる国際諮問委員会(IAC)が審査勧告し、ユネスコ事務局長のイリナ・ボコヴァが登録を決定したのは、"Nanjing Massacre"のDocumentであり、Recordである。"Massacre"の辞書の意味は「大虐殺、皆殺し」に他ならない。この歴史について触れるとき、私はこれまで「南京事件」という呼称を採ることが多く、「南京大虐殺」という表現には躊躇を覚えてきた。1970年代を振り返ると、「南京大虐殺」という言葉はあったが「南京事件」という言葉はなかった。

c0315619_191556.jpgバブルの80年代を過ぎ、90年代後半になり、この問題が右翼の歴史歪曲キャンペーンで集中的に議論されたとき、「南京大虐殺は幻」という右翼の主張が世論をリードし、30万人犠牲というカウントは誇張で宣伝だという見方が左翼リベラル内でも広まって、次第に、日本の言論界とアカデミーにおいて「南京大虐殺」の語は「南京事件」に置き換わって行った。笠原十九司が1997年に出した岩波新書のタイトルも『南京事件』である。藤原彰が1988年に出した岩波ブックレットの題名が『新版 南京大虐殺』で、1990年代に抵抗した大月などが本の題名に挿入して以降、「南京大虐殺」が正規のタームで使われる機会はなくなり、もっぱら右翼が否定語のニュアンスで使うようになっていた。シンボルが反転してネガティブな意味の語になった。21世紀の現在の日本のイデオロギー環境では、「南京大虐殺」の語は、「虚構」とか「大袈裟」という意味とセットで使われるのが普通になっている。英語で語られるその歴史は"Nanjing Massacre"なのに、日本人は怯懦して「南京事件」と呼ぶようになった。いつの間にか、"Nanjing Massacre"や"Nanjing Atrocities"が、逡巡と後退の心理作用によって"Nanking Incident"のタームに変わってしまった。今回のユネスコの正式決定を受けて、リベラルはその歴史を「南京大虐殺」と正しく呼び直すべきで、元に戻すことを提起したい。そのことが、イリナ・ボコヴァの勇気ある公正な決断に報いる態度だろう。

c0315619_19152286.jpg日本のマスコミ報道では、最近になって、中国側が南京大虐殺の歴史を利用して、日本の国際社会での地位を貶める目的で政治戦(歴史戦)を仕掛けてきたという物語になっている。だが、ここで思い出さなくてはいけないことは、第2次安倍内閣になってからの、歴史認識での中国と韓国を敵とした世界での活発なロビー工作だ。PHP総研が「パブリック・ディプロマシー」についてレポートしたPDFがネットの中にあったので、記憶を呼び覚ますために一部を抜粋したいが、「第2次安倍晋三政権発足後、日本政府は領土問題で能動的に対外広報する姿勢をさらに強めている。外務省は(略)在外公館を通じた各国のオピニオン・リーダーへの働きかけも積極化しており、特にワシントンでは、大使館の米議会ロビー担当者を増やし、シンクタンクなどで米国の有力政治家や識者に理解を広げるための非公式懇談会やセミナーを開催するなど広報努力を強化している」(P.42)とある。安倍政権が海外で御用学者や御用記者を増やし、そのために多額の予算を使っていることをわれわれは想起しなくてはいけないし、安倍晋三の姑息なプロパガンダとロビー工作の嵐が中国と韓国を刺激し、米欧を舞台にした歴史認識の攻防を不毛にエスカレートさせている状況を再認識する必要があるだろう。南京大虐殺のユネスコ記憶遺産の登録も、政治戦になり、日本側からIACに対して執拗な介入と妨害があったことが察せられる。

c0315619_19153680.jpgユネスコからは公式なコメントが出てないが、ある記事を読むと、「(IAC)の一部の委員は日本の干渉を嫌悪している」と言っていて、ここから、日本の外務省の陰険な横槍の実態が窺える。ここで思い出すのは、2013年年5月、ジュネーブで国連拷問禁止委員会が開かれたとき、日本代表の外務官僚の上田秀明が、モーリシャスの委員に対して「シャラップ」と叫んで恫喝した一件だ。国連機関は狭い世界であり、この狂態の事件はイリナ・ボコヴァとIACメンバーに深く留意されたに違いない。また、同じく、ジュネーブで開かれた「国連人権理事会」の場での慰安婦問題の騒動も、やはり同じように伝わっていることだろう。日本の安倍政権のイメージは、国連機関の関係者において、人権やジェンダーや歴史の領域に携わっている、特に女性担当者には、ほとんど決定的にグロテスクな反動になっているといってよく、国連がめざす普遍的な方向に敵対する邪悪な存在だろう。2年後の2017年の記憶遺産登録では、従軍慰安婦の史料が中国と韓国の共同で申請という予定であり、ボコヴァがその提案をしていると観測されている。これまた、実現すれば画期的な快事だ。世界の重大な政局になっている東アジアの歴史問題を、ボコヴァのリーダーシップが正義の方向に導いている。安倍晋三が進めた醜悪なロビー活動が挫折し、一敗地に塗れた瞬間だ。小気味がいい。思えば、パレスチナをユネスコに加盟させ、米国を激怒させたのもボコヴァだった。

潘基文の任期が来年で切れ、2017年からの国連事務総長は女性が就任することになると言われていて、ユネスコ事務局長のイリナ・ボコヴァが最有力候補になっている。おそらく、米国はこれを阻止に出るだろう。当然、中国は担ぐ。2016年の国連事務総長の選挙は、米国の大統領選以上に重大な国際政治の焦点になるかもしれない。


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by yoniumuhibi | 2015-10-15 23:30 | Comments(4)
Commented by 長坂 at 2015-10-16 01:36 x
11月に「731部隊遺跡の世界(文化)遺産に向けて」というフォーラムが開かれるのですが、、、731のフィルムを見たり、話を聞くのは正直辛い、、、ただ日本軍が遺棄した毒ガスの被害に、現在も苦しんでいる中国の人達がいるのを思うと、やはり参加せねばと思います。
「南京大虐殺」(何が南京事件だ!)にしろ、「平頂山」にしろ、「大陸打通作戦」にしろ(これだけではないが)大日本帝国の負の遺産は凄まじい。死者数以前にその残虐性はさしずめ70年前のIS?
シンゾーが何と言おうと日本人は謝罪を続ける宿命は背負ってます!
Commented by 愛知 at 2015-10-16 23:28 x
記事中での南京大虐殺ビデオのご紹介に感謝します。その延長で731部隊を検索。20年前の民放2番組が731部隊・細菌戦の真実としてセットでアップされていました。まさに隔日の感とは、このことだという特集でした。ザ・スクープでは浙江省・崇山村の王選さんが731部隊の関係者を訪ね歩きながら言われた言葉が胸に刺さりました。731部隊の真実は「中国の人民と日本の人民の力により明らかになります。」と。情けなくて細君と二人で泣きました。後半の番組での北野大のコメント、「我々の前の世代は何をやっちゃったのか。」「そういう時代だったんでしょうね。」情けないと言うか、アホくさいと言うか、ウンザリです。

王選さんの陳述書の結びです。「ある意味では、現在に生きるすべての人は、現代戦争に生き残ったものです。幸運に生き残った人間としては、現代戦争から生命とその尊厳を守ることは生まれつきの運命的役目ではないでしょうか。そして不幸に戦争によって被害に逢わされた人々を助けることは、生命とその尊厳を守ることに当たります。」

日本で学び、日本人を信じていると仰った王選さんに私たちは何をしたのか。裁判所で戦争が回避できるのか。
Commented by かまどがま at 2015-10-18 09:25 x
南京大虐殺も従軍慰安婦も集団自決を含めた沖縄戦も全て戦争犯罪の記憶として明確にすべき事案、大至急に。
Commented by Imagine at 2015-10-19 01:29 x
「SEALsのスピーチが日本共産党を脱皮させた。」SNSでの書き込み、ここまでは笑い話です。

「8月31日のデモの参加者数だってわからないんだから、昔の南京大虐殺の犠牲者だって、わからなし、そんなことどうでもいいだろ。」「そもそも南京大虐殺なんて事実かどうか、わかったもんじゃない。」南京で虐殺されたという人の子孫のだという人の顔まで貼り付け、事実捏造説まで。若気の過ちで済むような話ではない。

こういう破れかぶれとの言説を戦後生まれ被爆2世の語り部が拡散している。SNS、見てると熱が出る。デモの参加者数と虐殺された人たちの数を比較するなんて。議論の行き着く先は日本刀で人が何人切れるのかという、まるでネトウヨと同じ。昔からある話。

中国との友好親善外交どころか、火に油、注いでおいて「デモ」で戦争阻止を叫び、真の民主主義云々と言う能書き。戦争を阻止するには、日本軍の残虐性を記録に留めさせること、それとブログ主様提唱の憲法53条による国会の開会だけ。「デモ」で戦争が止められるのか。


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