日中戦争の動機と大義は防共だった - 近衛文麿の「東亜新秩序」声明

c0315619_1793397.jpg先週の報ステで古館伊知郎が、「日本が戦争して負けた相手は共産党ではなく国民党の中国だ」と歴史歪曲のプロパガンダをした問題について、前回、三つの論点で批判を加えた。第一に、PRCが孫文を国父として中華民国を継承する国家であり、国連も外務省もその正統性を認めている事実である。第二に、日本はPRCに対して侵略戦争を謝罪し、日中国交正常化をしたという1972年の二国間の原点があり、日本国の基本的立場がそこにあるという重い事実である。第三に、中国の抗日戦争は国共合作で戦われており、日本軍を苦しめた主力は八路軍であったという歴史的事実である。これらの歴史認識は常識の範疇で、常識が常識として前提されていれば、古館伊知郎のような暴論が公共空間に飛び出ることはなかった。すべての基本的事実がオミットされ、スポイルされ、バイオレートされ、右翼の歴史認識(歪曲)がマスコミ世界で堂々と幅を利かせている。それに対して、左翼リベラルの側から反論や抗議が出ず、唯々諾々として、黙認のまま素通りさせてしまっている。言論の抵抗をしていない。テレ朝は朝日新聞の系列局であり、戦後70年談話では、朝日はあれほど厳しく安倍晋三を批判したのに、右翼の歴史認識(歪曲)の言説を朝日が古館伊知郎の口から宣伝させている。このことは、当然、中国脅威論と安保法案容認の空気を後押しする効果となる。



c0315619_179462.jpg古館伊知郎と朝日が、どれほどSEALDsを賞揚し、法案反対の国民世論に寄り添う論陣を張っても、その一方の口で、こうして中共悪玉論を声高に言い、反共イデオロギーのバイアスでの中国叩きを執拗に繰り返し、中国への不信と憎悪を掻き立てれば、社会全体の空気感は相殺され、法案反対の世論圧力にマイナスの影響となってしまう。実際のところ、マスコミのヒステリックな中国憎悪こそが安倍晋三の支持率を高止まりさせている元凶であり、法案阻止の国民の気運に水をかけ足を引っ張っている要因だ。この重大な政治局面で、習近平にあのような最悪の軍事パレードをされたことは、法案反対の市民にとっては痛手で、宮家邦彦的な中国脅威論の詭弁を勢いづける結果になったことは残念と言わざるを得ない。けれども、だからと言って「日本が戦争して負けた相手は共産党ではなく国民党の中国だ」という悪辣な刷り込み工作の前で沈黙していいわけがなく、このような邪悪で粗暴な歴史歪曲に屈服していいわけがない。今回に限らず、安倍晋三と右翼が憲法を蔑ろにし、強権的な軍事政策や治安政策の暴走を進めるときは、必ず中国脅威論が正当化の根拠とされ、イデオロギーの主張で説得力が補強される。中共悪玉論が水戸黄門の印籠だ。こういう言論状況を放置していいのだろうか。反論せず、手をこまねいて見ていていいのだろうか。中共悪玉論に同調して頷いている羊の群れでいいのか。

c0315619_1795886.jpg1931年の満州事変から始まる日中戦争が、どういう性格の戦争であったかは様々な議論がある。日本による侵略戦争であったことは確定しているが、歴史教科書にどのように説明し、どのように定義して一般認識にするかは、学問的に複雑で簡単でない問題だと言えるだろう。従来の一般認識は、講座派の日本資本主義論、すなわち「軍事的=半封建的」の型把握のセオリーをベースとしたところの、戦後の歴史学アカデミーが提供してきたもので、半島を橋頭堡に満州の資源と市場を狙った帝国主義の侵略という視角である。満州には鉄(鞍山)と石炭(撫順)があった。経済学的な説明の方法であり、今のわれわれの標準的で常識的な認識と言えるものだろう。しかし、歴史のダイナミックスは、決して経済の論理や動機だけで動くものではなく、為政者の政策決定は土台の経済法則の命令が機械的に実行される過程ではない。司馬遼太郎の歴史認識では、周知のとおり、明るい明治と暗い昭和という構図で対比され、善玉と悪玉が区別される説明方法になっている。昭和になると軍部と国民が発狂するという物語だ。このいわゆる司馬史観はアカデミーの中では頗る評判が悪く、左翼リベラルは「サブカル」とレッテルを貼って侮蔑の対象にする。が、私はその立場は採らず、司馬遼太郎の議論を内在的に抽出して、有意味性を認め、われわれの歴史認識に有効に摂取加工してよいだろうと考える。

c0315619_17102776.jpgそれは何より、明治国家と昭和国家の二つを峻別する時代の境界に、ロシア革命という巨大な世界史が屹立している問題の重視の態度に他ならない。ロシア革命が出現したことで世界中が変わる。人々の政治意識・社会観念が変わり、政治運動が変わる。反体制運動の諸流派が一つの方向、一つの思想に統一されて行く。共産党が、言わば歴史の主役に躍り出る。世界各国の政権は、ロシア革命を潰す干渉戦争に軍を出し、国内の共産党を敵として殲滅する必要に迫られる。1917年は大正6年で、昭和元年は1926年である。1945年まで恐ろしい戦争の時代が続くが、この時代の国家の枢要な政策スローガンの一つは、まさに防共だった。昭和国家を動かした動機が防共であること、この歴史認識を欠落させてはいけないだろう。満州事変から始まる中国への侵略戦争が、防共を使命とし、防共の国策と論理で正当化された、反共パラノイアな戦争であったこと、この真実を、現在の左翼リベラルは無視するか軽視してしまっている。最近の中国脅威論に対する批判の議論の中で、当時の「暴支膺懲」のスローガンは思い出されたが、もっと重要な「防共」の大義が直視されておらず、歴史の照明が十分に当てられていない。昭和国家は防共(反ソ)に猛り狂った戦争国家だった。昭和国家の宿敵はコミュニスト。治安維持法が制定されたのは1925年で、毒々しい防共治安立法とともに昭和の時代は幕開けする。

c0315619_171037100.jpg盧溝橋事件が1937年7月、華南に飛び火して日中全面戦争となった第二次上海事変が1937年8月、南京陥落と大虐殺が1937年12月。明けて1938年1月、日本政府は第一次近衛声明を出し、「爾後国民政府を相手とせず」と発表、和平交渉(トラウトマン工作)を打ち切り、国民政府を抹殺するまで戦争を継続することを内外に宣告する。1938年9月、第二次国共合作が成立。1927年の上海クーデターの虐殺粛清事件以来、長く対立してきた国民党と共産党が再び手を握り、陝北の紅軍が八路軍に改編され、華中・華南の紅組が新四軍に改編された。蒋介石は共産党を合法化、共産党は三民主義を奉じる旨の宣言を出し、悲願の抗日統一戦線が組み上がる。こうして日中戦争は長期の持久戦(日本側の表現では「泥沼」) に入るが、武漢と広州を占領した日本は、1938年11月、いわゆる第二次近衛声明を出している。正式には「東亜新秩序建設に関する声明」という名前のドクトリンだ。「東亜新秩序」とは何か、具体的に中身を見ると、日中戦争の日本側の「理念」なり「目的」がよく見えてくる。ネットに情報が上がっているので、声明のテキストを引用しよう。「今や、陛下の御稜威に依り、帝国陸海軍は、克く広東、武漢三鎮を攻略して、支那の要城を勘定したり。国民政府は既に地方の一政権に過ぎず。然れども、同政府にして抗日容共政策を固執する限り、これが潰滅を見るまでは、帝国は断じて矛を収むることなし」。

c0315619_17104787.jpg「帝国の冀求する所は、東亜永遠の安定を確保すべき新秩序の建設に在り。今次征戦究極の目的亦此に在す。この新秩序の建設は日満支三国相携へ、政治、経済、文化等各般に亘り互助連環の関係を樹立するを以て根幹とし、東亜に於ける国際正義の確立、共同防共の達成、新文化の創造、経済結合の実現を期するにあり。是れ実に東亜を安定し、世界の進運に寄与する所以なり」。要するに、中国政府の容共政策が許せないので、これを壊滅すると言っている。中国大陸に新たに敷かれるべき新政権は、日満支で連携して防共を達成するものでなくてはいけないと言っている。防共・反共が重要な「理念」だということが分かる。後に日独伊三国同盟へと発展する日独防共協定は、この声明の2年前、盧溝橋事件の1年前の1936年11月に締結された。第2次大戦の枢軸国の三国同盟は単なる軍事同盟ではなく、防共・反ソを目的としたイデオロギー(=ファシズム)の国際的大連合であったことを忘れてはいけない。満州事変の後、領土簒奪の野望を丸出しにして華北分離工作を進めた日本は、1935年10月に「広田三原則」と呼ばれる対中国政策の方針を出している。その三番目の項目に、「外蒙等より来る赤化勢力の脅威に対する共同防共」が掲げられていた。「赤化」「防共」の語が政府の公式文書に並んでいる。その国は、「国体ヲ変革シ又ハ私有財產制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ」死刑に処するとした国だった。

以上の歴史的事実と背景を鑑み、昭和国家の顕著で濃密なイデオロギー特性を見つめ直したとき、古館伊知郎の言う「日本が戦争して負けた相手は共産党ではなく国民党の中国だ」という歴史認識(歪曲)が、どれだけバカげた妄想であり愚論であるかが理解できるはずだ。真実はその正反対ではないか。昭和国家の大陸工作の眼目は防共であり、反共イデオロギーを基軸とした政策と軍略で一貫していて、満州の侵略支配の目的の一つはそこを対ソ戦争の戦略拠点にすることだった。日中戦争で日本軍が戦った相手は、まさしく中国大陸の共産党勢力だったのだ。


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by yoniumuhibi | 2015-09-09 23:30 | Comments(6)
Commented by 愛知 at 2015-09-10 00:48 x
「古館伊知郎の『蛇口』デマゴギー―――局長会と全逓は抗議と提訴を」御ブログの以前の記事から皇国史観を検索中、2005年8月12日の記事タイトルを目にしました。実に丸10年以上、変節なきご指摘を続けておられるのだと敬服。さきほどTV東京系、池上彰の戦争法案断固推進特番を誤って目にしたため、冒頭引用させていただいたタイトルが鮮烈に映り。

おかしな話ですが今回の記事、文章の下の挿絵「共産インター防衛に協力」「日獨防共協定」の新聞タイトルに目を奪われました。無論、文章の方で貴下ご教授頂いているわけですが、戦後生まれの吾身からすると新聞タイトルの実物にぎょっとさせられました。

テレ朝ホールディングスが売上高2764億7300万円、経常利益167億1200万円(2015年3月連結)、朝日新聞が売上高、約4700億円、経常利益約173億円(2012年12月)。零細自営業の吾身からすれば財閥のような。復員兵だった小学校教諭がしきりと戦争の根源、財閥解体と教壇で叫ばれていたことを思い返します。生家に電話さえない時代。

今回の記事に頷き、映画「人間の條件」先月の「レッドクロス」を思い浮かべながら、三井や三菱、住友が束になっても叶わない大財閥のことを考えさせられました。それゆえ探していた以前の記事での皇国史観。安倍により、政権への献上により、軍需産業として返り咲いた大財閥。探していた過去の貴下ご教授は大和の膨張、熊野でのジェノサイド、青森への逃避といったようなことについて述べられたものでしたが、見つけられず(前に読んだ記憶が)。防共に固執を続けた昭和天皇なき今、右翼は何を大義に据えるのかと。結局は昭和と同じ道を辿るのかと。左翼業界が内輪揉めの間、御名御璽で開戦、国民は戦果に沸き返るのかと。とりとめのない文章で恐縮です。ブログを続けておられることに深く御礼申し上げます。
Commented by KISA at 2015-09-10 02:49 x
中国脅威論をがなり立てる者たちは、只目前の、現在の中国しか見ていませんよね。そのため中国について語る言葉は、常に敵対心、猜疑心、恐怖心、蔑視等の引き攣った思いからスタートする。弁護士を名乗る者も、報道の場にいる者も。おかしいと思います。そんな感情を自分たちに抱かせている原因は、いつ、誰によって作られたのか。もとはと言えば、おぞましい侵略へと突っ走った日本の指導者達のせいではないか。ほんの数十年前の日中間の歴史的事実を素直に辿ってみればわかることなのに…。
主様は随分前から「対中国」の日本の論調のおかしさ(左右揃っての偏狂)を御指摘されていましたが、自省の機転なく膨張を続けた結果がこの現状。左右仲良く史実無視の中国叩きが法案賛成派の体力をつけていく。因果です。
Commented by Columbites at 2015-09-10 13:43 x
日本の大陸侵攻策の根幹が「防共」であったというご指摘はうなずけます.卑近な例ですが,昭和4年生まれの私の親父など,当時の軍国少年が夢中になった海野十三のSF小説(ジェット推進の飛行機や,真空管で動く美女アンドロイドが出てくる!)には,日本の敵役として必ず共産主義者やコミンテルンの親玉が登場します.これなど,少年文学の背後にも官製の「防共」が眼を光らせていたことを示す傍証でしょう.

経験者の話を聞いたり,図書館に足を運んで当時の書籍や新聞のアーカイブに直接目を通せば,誰でも自分なりの歴史検証はできるはずです.昨今,原典や一次データを自分でろくに調べずに歴史を語る風潮が蔓延しています.それが日本人の歴史認識の破綻を招いてるように思えてなりません.

Commented by NY金魚 at 2015-09-10 13:47 x
記事とは少し飛躍するのですが、司馬遼太郎の旅行記「長安から北京へ」のなかに、日本に勝利した中共(PRC)共産党委員会が中国の各地を回り、土地の人と日本帝国主義の意味について話し合ったという下りがあります。以前の金魚ブログ1の『座禅と火薬 — 蔡國強展 (3) 爆発に学ぶ』に引用したものですが、出来たばかりの共産党政権に当時の日本がいかに救われたか、立証していると思うので、長い引用を試みます。時代は流れたとはいえ、こんなにふところの深いPRCを古館以下、アベ、ネトウヨが中共悪玉論を吹きかけている理由がわかりません。先に言っておきますが、かく言う僕は在日中国人などではありません。清和源氏の家系図を持つ日本人です。(これはちょっと余計か)

—1949年、日本の敗戦の4年後、中共軍は南京に入城し、蒋介石国府総統は上海から台湾に飛び、10月には中華人民共和国の成立が宣言された。この騒然としたなかで、しかるべき委員会の委員が各地を訪ね、土地の人びとと話し合って、日本帝国主義の意味について話し合ったという。
この教育に3年の歳月がかけられた。その間、日本人の旅行については入国ヴィザが出されなかった。当時もしヴィザが出されて日本人が中国を旅すればおそらく無事に帰れなかったに相違いない。
Commented by NY金魚 at 2015-09-10 13:48 x
続き… —この教育の内容は、悪いのは日本帝国主義、軍国主義であって、日本の国の人民や日本国を憎むな、ということであったという。どの土地でも決まって質問が出た。「日本民族に対しては憎むべきではないということはわかったが、しかしその軍隊や兵隊を憎んでもいいのではないか」ということであったが、教育担当 者は「それも憎むべきではない。かれらは軍国主義に駆り出されてきただけである」と前掲の言葉をくりかえした。質問者が「では、私の血族の非戦闘員は、何 もしていないのに、兵隊に殺された。直接殺したその兵隊に対しては憎んでもいいだろう」というと、教育担当者は「それも憎むべきではない」という。日本の 軍隊が来れば中国人としては女子供でもこれと戦う権利があり、だから戦っただけだが、日本の兵士の側からみれば非戦闘員にさえ敵に見えた。だから殺した。兵士の恐怖が殺させたと考えていい、と言った。

  —質問者はさらに、日本兵が食料を強奪し、女を強姦した。これは軍国主義とは無縁だから憎んでもいいのではないか、と問うと「それも憎むべきではない」と教育担当者は言った。戦いが進むと心もすさむために、餓えれば食糧を奪い、女に悪いこともする、だからそういうことをした人も憎むべきではない、とい う。
「それでは職業軍人だけは、憎んでいいのではないか」というと、教育担当者はそれも憎むな、という。その理由はかれら日本人の職業軍人は、軍人になることが日本とアジアの平和のために役立つことだという教育をうけ、自分もそう信じてきた、かれらを憎む理由はない、と言った。以来3年でほぼこの考え方を各地方に徹底させ、そのあとはじめて日本人に入国ヴィザを出すようになったという。
司馬氏は上海での滞在中たえずこのことを考え、以上のことは本当だろうと思うようになった。中国においては人民に対する原理の教育が問題の枝葉にまでおよんでおり、いかなる現象といえども原理とは無縁でな く、また無縁たらしめぬように巨大なエネルギーが払われている。「まことに中国人というのは思想的民族であると思わざるをえない」。このあとの司馬氏の中国滞在中のできごとが、すべてこのことに符合する。(引用以上)
Commented by 長坂 at 2015-09-10 13:50 x
「落日燃ゆ」やら「悲劇の宰相」唯一の文官だの平和に尽力だの。このイメージ、「はぁ~?」です。上海陥落後、行け行けドンドンの世論に迎合するかのような強硬路線。中国にとっては"Notorious Hirota Principles"で侵略の後押し。南京大虐殺で軍に厳重注意も逆ギレされ、閣議に提起せず。軍人の前では借りて来た猫プラス事なかれ主義。1938年には慎重論もあるのに、自ら日支交渉打ち切り宣言。近衛の「爾後国民政府を対手とせず、、」へと続く。って結局、欧米生活を経験した"リベラル"なエリート外交官も根底にあるのは中国蔑視か。


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