寝屋川の事件の責任は誰にあるのか - 警察の防犯責任の不問と捨象

c0315619_16391192.jpg大阪の中1男女殺害事件でどうにも苛立ちを覚えるのは、警察の責任を誰も問わないことである。議論はおかしな方向にばかり集中している。ネット右翼は、先週1週間、この事件をネタにして在日叩きの悪罵連呼に狂奔していた。その狂気を咎めるマスコミ論者はなく、ネットでの規制や窘めの動きも全くなかった。左翼リベラル方面では、例によって、子どもの居場所がどうのという問題意識に滑って流れ、社会学的な関心づけでの論議で盛り上がっている。最近の人文社会系の知識や関心は、必ずこうした事件を脱構築の議論の地平にシフトさせ、家庭がどうの、地域コミュニティがどうのというくっちゃべりで終始して、何か正解と結論を得たような気分にさせる。国家権力の契機が視野に入らない。家庭と地域コミュニティに原因と責任を求め、問題解決もその範疇と視角で考えようとする。藻谷浩介と谷口真由美のテレビでの発言もそうだったし、本田由紀の目線もそうだ。社会科学が脱構築された80年代後半以降、この国の人文社会アカデミーは国家権力を問題にしなくなった。研究と考察の対象から外した。そんな古い関心を持つのは時代遅れの戦後左翼の作法だということで、国家権力を批判する思考態度をドブに捨てた。本来、市民社会の安全を守るのは警察の役割であり、警察はその権限と責任を持っている。



c0315619_163925100.jpgその権限を職務として行使すべく、責任を任務として果たすべく、警察は市民が納めた税金を受け取って活動しているのであり、地域の防犯は警察公務員が税金で負託された使命の一部だ。その基本的視角が、今回の問題を考える上での土台だろう。警察が地域の子どもの命を守らなくて、いったい誰が守るのか。警察が防犯をやらなくて、いったい誰がやると言うのか。誰もその原点を言わない。警察の怠慢と不全を問題にしない。責任を家庭に押しつけ、親に押しつけ、地域に押しつけ、地域の大人に押しつけている。考えてみるがいい。藻谷浩介や谷口真由美の言うような、地域の大人が勇気を出して声かけを実行すべしというのは、テレビのコメントとして耳障りのいい、尤もだと頷ける正論だろう。だが、勇気を出してその実践に踏み出せばどうなるか。「知らないおっちゃんに声かけられた」「変なおっさんが子どもに声かけていた」と逆に通報され、不審者扱いされて面倒な目に遭うはずだ。現在の社会通念では、大人は知らない子どもに声かけしてはいけないのであり、それは常識で禁止されている行為ではないか。犯罪者と誤解されかねない、署に連行されて事情聴取を受ける災難を招きかねない、個人にとってきわめてリスクの高い善行なのである。だから、普通の大人はそれはできない。リスクを避け、見て見ぬフリをして通りすぎるしかない。

c0315619_16393969.jpg街で夜遊びする子どもに声かけができるのは、基本的にその職権と立場を持った者であり、すなわち制服を着用した警察官である。警察官が職務で質問をするとき、子どもは「変なおじさんに声かけられた」という反応ではなく、正しい指導を受けたと理解でき、正しいルールへの従順だと納得できる。生活安全課の職員はそのために存在し、国から給料をもらっている。その基本的な前提が、どうして今回の事件では誰からも指摘されないのだろう。昔は、8月は少年の非行事件が多発する季節であるため、夏休みに入る前に、地域の警察が年中行事的に活動を起こし、商店街を回ってポスターやチラシを配り、深夜営業店などの事業主に注意を促していた。子どもの安全を守る取り組みをやっていた。今回の大阪の事件では、2人の子どもは寝屋川の駅前商店街を深夜にうろつき、24時間営業のワンコイン弁当販売の店の外のベンチで夜を明かしている。2人がベンチにいたのは、座ったり横になったりする場所が他になかったからだけれど、よく考えればもう一つ理由があって、そこが安全だったからである。営業中で灯りが煌々としている弁当店には従業員が働いていて、すなわち店の職員が目が届く位置であり、何かがあっても危険を避けられる蓋然性が高いからである。犯罪者に襲われにくい場所だったからだ。2人はそうして身を守り、人通りのない商店街で朝までの安全を確保していた。

c0315619_16395276.jpgもし、寝屋川警察署生活安全課の職員が、あるいは委託でもいいが、夏休みに入る前に、ポスターとチラシを携えてワンコイン弁当店を訪れ、夜間に何か異変を見つけたらここに連絡して下さいと案内し、目立つ場所にポスターを貼っておいて下さいと責任者に依頼しておけば、今回の事件は未然に防げたのではあるまいか。弁当屋の店舗責任者は、アルバイト従業員にきちんと教育しただろうし、マニュアルを指示していただろう。小学生だか中学生だか分からない小さな子どもの男女が、店の前に設置したベンチで一晩中寄り添っているのを見て、上司の指示どおりマニュアルに従って行動しただろう。そうして、翌朝の凶行と惨劇は防ぐことができただろう。夏休み前の警察による防犯キャンペーンは、こうした効果を首尾よく導くためのものである。深夜営業店に適切な処置をとらせるための指導だ。警察が夜間の見回りにわざわざ出動しなくても、弁当屋の通報で警察官が赴き、2人の子どもを無事保護し、家まで送り届けるか、または児相対応という制度適用の経路に乗せることができたと思われる。この事件の報道コメントでは、警察(生活安全課)の防犯責任が捨象され、補導という言葉が一度も出ない。昔は、夏休みの商店街を警察が夜間巡回するのは恒例の風景だった。並んで歩く警察官の服装、パトカーの車両、そのデモンストレーションが地域社会の安全をプリエンプティブに守っていた。

c0315619_16402100.jpg内閣府のサイトを見ると、「平成27年度『青少年の非行・被害防止全国強調月間』と題されたページがあり、こう書いている。「内閣府では、学校が夏休みに入る毎年7月に関係省庁、地方自治体及び民間関係団体等と連携しながら総合的な非行・被害防止活動を展開しています。本年も、関係機関・団体のみならず地域の方々の参加も得て、青少年の規範意識の醸成及び社会環境の浄化を図ることなどを始めとした諸施策、諸活動をそれぞれ有機的な連携の下に集中的に実施し、青少年の非行・被害防止と保護の徹底を図ることとしていますので、皆様のご協力をお願いいたします」。内閣府と警察庁がポスターを制作していて、オスカープロ所属の新人モデルが使われている。高額の予算(税金)で代理店が作った。5月に内閣府特命担当大臣から、都道府県・市町村の自治体、青少年育成関係の25団体、関連業界の59団体に文書とポスターが発送されている。主に警察庁と文科省の系列(天下り先)だ。要綱の通達を出した大臣は、所管を考えれば山谷えり子だろう。川崎の中1殺害事件が2月に起き、その3か月後の文書であり、関係部署の役人はそれなりに強い意識があっただろうと想定されるが、文面からは特に緊張感は伝わって来ず、官僚のルーズなペーパーワークの印象が強い。この売り出し中のモデルのポスターは、果たして寝屋川市の商店街組合に届いただろうか。商店街の店先に1枚でも貼られていただろうか。

c0315619_16401436.jpg事件が起きて2週間になるが、大阪府警本部長警察庁長官の会見はない。大阪府知事と寝屋川市長の会見もない。会見がないことについて、マスコミ報道で不満や要求が出た形跡もない。マスコミとネットでの事件の責任についての関心は、もっぱら家族と地域住民に向けられていて、警察や行政は視界から外されている。責任が最初から免除されている。警察の防犯態勢の検証を求める声は一切聞かない。大阪府警の生活安全部のサイトを見ると、「子どもの安全見まもり隊」なる取り組みが紹介されていて、その「サポーター」なる集団も府警OB19名によって編成されている。この人たちは、夏休みの子どもの安全を守るためにどういう活動をしていたのだろう。寝屋川市にも「子どもの安全見守り隊」が組織されている。地域教育振興課が活動を統括し、腕章と帽子が税金(市からの補助)で作られている。寝屋川市の「見守り隊」は、寝屋川警察署・寝屋川市・寝屋川市防犯協会で構成されている。警察官や教職員のOBが「見守り隊」の実務(というか事務処理)を担っているはずだが、政府が送付した7月の「青少年の非行・被害防止全国強調月間」のポスターは彼らの手でどこに貼られたのだろうか。「見守り隊」の責任者である隊長さんに教えて欲しいと思う。こうして見ると、子どもの安全を守る行政の組織と活動は実にぶ厚く、多額の予算が流れ、多くの人員が毎日任務につき、給料(税金)をもらっていることが分かる。

c0315619_16402883.jpg防犯カメラが、親の責任が、地域の大人の勇気がと言う前に、この種の悪質な犯罪から子どもをプロテクトする機構は形の上では十分に整備されているのだ。制度がサポートされ、職業担当者の公務員が多く従事して、予算もよく付けられて業務が回っている。日本の子どもたちは、邪悪な猛獣が群れなす草原に裸で放置されているわけではない。まず、その事実に目を向ける必要があるだろう。今回の事件の責任問題の議論を眺めると、大きく分けて二つの立場と主張がある。一つは右翼・ネオリベ方面の自己責任論で、中田宏や大西宏などが唱えているところの保護者に罰則を科せという非常識な極論だ。これは論外の主張だが、右翼系のニュースサイトであるJ-CASTでは、こんな暴論も意見の一つになるのだろう。もう一つは、左翼リベラル方面の「子どもたちに居場所を」の議論である。ある者は、野宿を繰り返していた女の子について、「家出はむしろ、賢明な選択だったのでは」などと言っている。最近の日本では、こんな具合の「社会学」の知見と論理が幅を利かせ、何やら屋上屋を重ねるように次々と地域行政の周辺に「問題解決」の機構と制度を積み重ねているように見える。「子どもを守るシステムが不備」という発言が通り、法律ができ、制度ができ、予算と人がつき、事務所ができ、事業が回るという循環になる。で、また事件が起き、社会学系(脱構築)が何やら言い、「時代に合わせて新しい制度設計を」と言い出し、官僚が喜んで業務を作る。

官僚は、本気で子どもを守るのではなく、単にてめえの予算を増やし、天下り先を増やし、代理店と飲み食いし、ルーティン仕事を増やしたいだけの欲望と動機で、社会学系(脱構築)の提案をウハウハと採用して国の制度を新設する。社会学系(脱構築)は、家庭と地域が負えない負担を新しい仕組みでと言い、時代が変わっているから、昔と同じではないからという立論で簡単に持論を正当化する。財源として北欧並みの消費税を払えと言う。そして、官僚が各省庁入り乱れた仕組みを作り、リタイアした地方の公務員の受け皿にする。そうして、事件が繰り返される。2月の川崎からまだ半年だ。本当にそのような「問題解決」でいいのだろうか。


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by yoniumuhibi | 2015-08-26 23:30 | Comments(2)
Commented by 愛知 at 2015-08-26 23:04 x
寝屋川事件の貴下解説2編を通読し、強烈に思い出されたのが、知らぬ存ぜぬ許しませんの神軍平等兵、奥崎謙三。「決して親御さんを責めるつもりはないのですが」「地域社会で見守りを」「今後の教訓として」テレビのコメンテーターは一丁上がりの解説。起訴すらされていない時点で、何を根拠に今後の教訓なのか。朝日の出身だと思いつつウィキで再確認したところ、大谷昭宏、読売の出身だったんだと。あくまで我狭い視野での話ですが、ネットを含めたメディアで本事件に関し、正鵠を射た論評は貴下2編のみ。最高裁が自治会からの退会の自由を認めてから10年以上が経過。何を今更、地域社会がどうこうと。

前々記事でKISA様が寄稿されたヨハン・ガルトゥング博士。積極的平和主義の提唱者は、日本は南京大虐殺も従軍慰安婦も研究、分析、総括のなされないまま、戦争法案を立法しようとしていると警告。博士が寝屋川事件に関する日本の識者のコメントに接したら悶絶されるのでは。あまりにイージーで本質に迫っていないと。クレイジーだと。中学生2人が殺され、その責任に言及できない識者、論者に過去の戦争など総括できるはずもなく。

もう一つ思い出されたのが、かなり前、当地ローカル番組(テレビ愛知)での堤未果氏の発言「イラク戦争は米国の広告代理店が請け負った」。貴下ご教示の通り、本来、子供の安全のために機能すべき税金は「代理店と飲み食いし」闇の彼方へ。名だたる解説者、論説者も、そのご相伴で。D通など神様気取りの広告代理店。右へ左へ。テレビ局の思想スイッチャー。従弟がいますが、話すこともない。神の代弁者気取り。入学生数の件では、アカデミーすら単なるクライアントと豪語。

貴下冒頭の一文「殺害事件でどうにも苛立ちを覚えるのは、警察の責任を誰も問わないこと」殺害事件は八紘一宇の侵略戦争、警察は天皇。そのことを誰よりもお感じなのが今上陛下。皇后陛下のご快癒、今上陛下のご長寿をお祈りしたい。
Commented by 風車 at 2015-08-28 00:33 x
社会を構成するのは個人であり、警察や国家を云々する前に子供を守るのは親であり、躾に帰結するのではないでしょうか。逆に親が子供の身を守らない国があるとしたら、お知らせ願いたい。それはユートピアであり、確かに社会で子供を見守っていければそれがベストです。
しかし、親にも子供にも踏みいらせない個の世界を確立させながら、都合の良いときに社会や国家を持ち出すのに違和感を感じます。
主様は今は国家安全保障に集中されることが肝要ではないでしょうか?
国家を安倍総理や一部の政治家官僚に握らないことに是非集中ください。宜しくお願い致します。


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