安倍談話の歴史認識 - 米英に阿媚し、中韓を捨象し、戦前を美化し

c0315619_167649.jpg安倍談話と村山談話は全く違う。安倍談話は村山談話を踏襲していない。一言で言えば、安倍晋三の談話には反省と謝罪の歴史認識がない。村山談話にはそれがある。二つの歴史認識は別物で、立場が根本的に異なっていて、共通性や互換性のないものである。このことは、今後、国内と海外の論壇とアカデミーが明確に結論づけていくだろうし、どれほど安倍晋三の支持勢力が二つの間に「踏襲」や「継承」を言い繕っても、その詭弁の主張をまともに信じて肯く者はいないだろう。安倍晋三の談話には、日本が中国を侵略したことや韓国を植民地支配したことの認識がなく、欠落していて、冗長な文章に無理やり盛り込んだ「侵略」と「植民地支配」は他人事として語られている。今回、マスコミ報道は四つのキーワードの有無のみに焦点を当てて解説したが、問題は物理的な語の有無ではなく、語の使われ方、すなわち意味と文脈であって、中国への侵略と韓国への植民地支配を日本の近現代史のスコープから捨象した歴史認識は、到底、われわれの自己認識として正しいと言えない。結局、安倍晋三は持論を押し通し、侵略の定義は定まってないという欺瞞論法の見解を今回の談話に反映させた。右翼的なリビジョナリズムでの歴史認識の置き換えである。日本政府のこの誤れる一歩の踏み出しは、国際的に意味が小さくない。



c0315619_1641785.jpg今年5月、米国の日本研究者187人が声明を出し、安倍晋三に「偏見なく清算を」と注目をつけた報道があった。安倍晋三の右翼バイアスの歴史修正主義は、戦後の国連体制秩序を脅かすものとして欧米でも物議を醸していて、米豪加のアカデミーから矯正を求める声が高まっていたが、戦後70年談話についても早くから関心の的となって警戒警報が鳴らされていた。実際に談話の文面を見た研究者たちは、懸念と要請が顧慮されなかったことを知り、日本政府にリアクションを返してくるだろう。談話は、外交のリアルポリティックスとしては、米国政府の歓迎も得たし、中国と韓国の両政府からの静観を得て、安倍晋三の思惑どおりの結果になっているように見える。が、歴史認識の中身の当否が海外で論ぜられるのはこれからであり、吟味検討されて評価が定まるのもこれからだ。海外の研究者たちは、決して四つのキーワードが形式上盛り込まれたからOKというような、安直な判断と認定はしないだろう。中国政府から声高の批判が出ないのは、悪化する国内経済の対策と天津の事故処理で頭がいっぱいなのと、抗日戦勝記念行事と日中首脳会談の微妙な外交上の立場があるからである。韓国政府が猛然と抗議の声を上げないのも、日韓首脳会談の調整の間合いがあり、この問題を米国からく釘を刺されているためだ。

c0315619_1642928.jpg中国と韓国の政府にはそうしたテンポラリーな事情があり、この時点この局面で大義をかざして安倍晋三批判に強く出られない弱みがある。だが、アカデミーにはそのような拘束条件はない。歴史認識としてありのまま対象化してロゴスの支配の下に置くだけだ。辛辣で峻烈な批判が及ぶことだろう。果たして、この談話は歴史認識としてどのような思想的特質を持っていると言えるのか。談話の中で見逃せない一節として、「日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした『新しい国際秩序』への『挑戦者』となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました」という件がある。その前段には、「世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました」という件がある。この部分は、今回示された歴史認識で一つの特徴的なフレーバーが漂ってくる箇所だ。その文意は、先の戦争で日本が悪かったのは、英米仏を相手に喧嘩を売ったことであり、国際連盟を脱退したことが誤りだったと認識である。中国を侵略したことや半島を植民地支配したことが悪かったのではなく、英米と喧嘩したことが悪かったのだという歴史認識。

c0315619_1644065.jpgこの歴史認識は、後段の、「寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います」とか、「それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります」の部分とそのまま重なる。要するに、安倍晋三の歴史認識では、戦争をした相手は米英豪なのであり、戦争をしたことの悔悟と責任は米英豪にのみ向けられていて、中国や韓国は全く眼中にないのだ。安倍晋三の言う戦後70年の「戦」とは、米英豪を相手に戦った戦争のことであり、歴史の過ちとか失敗という場合の認識も、彼ら(米英豪)を相手にして戦ったことが意味されているのである。「寛容」と言うならば、日本の戦争責任に対して最も寛容な態度で清算を合意してくれたのは、2000万人の犠牲者を出しながら国家賠償の請求を放棄した中国であり、この戦争の始末で寛容なり和解なりを言う相手は、誰よりも中国でなくてはいけないはずだ。その中国が無視され、東京大空襲で一晩に10万人を殺戮し、広島と長崎で数十万人を虐殺した米国の寛容が言われ、米国にばかり感謝が述べられている。

c0315619_1645176.jpg異様で倒錯した歴史認識と言わざるを得ず、まるで、昭和天皇の1945年9月の米国に対する卑屈で胡乱な態度を見ているようだ。そう、まさしく、この戦後70年談話は、戦後70年をすっ飛ばして、時空をワープした如く1945年9月に戻り、戦争責任者の昭和天皇の立場に立って、戦犯として断罪されるべき身を庇護してくれた米国に感謝を言っている。日本国憲法が制定される前の日本の支配者の言葉になっている。読む者が違和感を感じるのは、そうした思想的コードの下に編まれた歴史観であり自画像だからだ。私と同じ違和感は、戦後の教育を受けてきた者なら誰でも感じるところだろう。われわれが10代の頃、1970年代、多少の知性と良識と自負を持った日本史の教師は、家永三郎の三省堂の教科書を授業で使用していた。私の高校の教師も、日本史学では名門の学舎を出たプライドの高いインテリだったので、日本史は高2のときに幕末から始めて近現代をカバーする方式を採用し、高3で古墳時代から江戸時代までの前半をという変則的な授業形態となった。高3時に日本史から離れる理系生徒のために、近現代史の知識は身につけさせようというという学校の - ではなく良心的な歴史教師陣の - 配慮だったと思われる。家永三郎の説明する明治・大正・昭和の歴史は、当時は一般的で常識的なものだったが、後発の近代国家が周辺を侵略して資本主義的蓄積を果たしていく物語として描かれていた。

c0315619_165332.jpg講座派の方法と視角が高校日本史の近現代史に落とし込まれていた。その認識は、後に司馬遼太郎の小説作品の耽読を通じてかなりの程度まで相対化されたが、今でもなお、私の中で説得的な正論の歴史認識であり続けている。ウエスタン・インパクトへの対抗を図った近代国家への脱皮と同時に、外部(半島・大陸)への侵略によって本源的蓄積を果たし、一気に帝国主義国家に転化するという、いわゆる軍事的=半封建的日本資本主義の構造と旋回の議論。それは、日本と東アジアの近現代史を説明する社会科学の言説として、今日でも功績と地位を認めてよく、逆に言えば、こうした謙虚で反省的な自画像をベースにしないかぎり、中国や韓国の人々と歴史認識を共有するということは困難であると思われる。右翼からは、それはひたすら自虐史観と攻撃され否定されるが、例えば、中国・韓国の歴史教育アカデミーとの共同作業で成功を収めた高文研の『未来をひらく歴史』などは、その土台となっているのは、家永三郎的な戦後の日本史学の所産と定説であるに違いない。雑談で恐縮ながら、10年ほど前、神保町の内山書店をぶらついていたら、歴史関係の書物の年表に、簡体字で「半封建」という時代区分があり、なるほどPRCのアカデミーではこんな具合に「半封建」の概念が生きているのかと驚いたことがあった。

c0315619_1651489.jpgその同じ頃からか、あるいは15年ほど前からか、日本では、北岡伸一とか御厨貴とか五百旗頭真とかが跳梁して、これまでわれわれが習い覚えてきた戦前日本の歴史とは全く違うことをマスコミで言い始めていた。曰く、戦前には立派な政党政治があり、現在のモデルになるような二大政党制の政権交代があったとか、等々の、戦前の日本政治を極端に美化する言説が大手を振ってまかり通り、まかり通るどころか支配的で標準的な言説として確立されて流布され、テレビを見ながら呆然とさせられる始末だった。言論空間が右翼化する中で、アカデミーの歴史学が大いに変わっていた。日本における標準的な教科書理論を生産して卸売りする東大・岩波が、世間一般の右翼化の波に影響され、文科省の権力と癒着し、すっかり戦後の社会科学や日本史学から離れた方向に変節を遂げていた。そのキーワードは「リベラル・デモクラシー」であり、北岡伸一が主筆となった有識者懇談会の報告書にも当の語が登場する。どうして東大・岩波がこんなことになったのか、詳しい経緯は不明だが、普通に考えて、北岡伸一や御厨貴や加藤陽子の上に三谷太一郎や坂野潤治がいて、昔のようにギルド的な環境で育成が為されていたならば、このような学問の継承(屈折と変容)はあり得ない。どういう変異かと首を捻る。首を捻りつつ、原因(裏切り)はおそらく三谷太一郎や坂野潤治の方にあったのだろうと推測する。

丸山真男は1947年の「科学としての政治学」の中でこう言っている。「8.15以前の日本に政治学というような学問が成長する地盤が果して存在したかどうかということは問わずして明らかだろう」。「国権の唯一の正統的な主体としての天皇及びそれをめぐる実質的な政治権力が一切の科学的分析の彼岸に置かれ、他方、議会における政争が戯画化したとすうるならば、そもそも日本の政治的現実において政治学的把握に値すべき何が残るであろうか」(第三巻 P.138-139)。丸山真男の戦前の日本政治についての否定的認識と、御厨貴や北岡伸一や加藤陽子の肯定的認識はあまりにも違う。違いすぎる。どちらが正しい認識なのか、その答えと意味は、きっと、1990年代から流行り始めた「リベラル・デモクラシー」の観念のイデオロギー性を解読することで明らかになるのだろう。


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by yoniumuhibi | 2015-08-18 23:30 | Comments(5)
Commented by 愛知 at 2015-08-18 23:51 x
ハモンド英国外務省の70年談話に関する評価について、ヤフーニュースで見た産経新聞の評価は「安倍首相が英国人元捕虜らによる慰霊などに言及したことを評価」と。確かに70年談話では、元捕虜に触れているが(以下は引用も馬鹿馬鹿しく)一言も謝罪は無し。英国政府の公式ホームページで確認したところ、「数千人の英国人捕虜を含む日本軍の捕虜となった方々の苦しみに関する言及も歓迎します」というのが、正式な英国外相コメント。英国外務省は「言及」としているだけで、「元捕虜らによる慰霊」などとは言っていない。英国政府のホームページは当然、英語でしたので英和辞典見てたのですが、日本に関する部分は日本語での正式コメントも用意されていました。産経新聞の記事は英国政府の公式コメントと不一致。

直接視聴した限り最もひどかったのが14日のテレビ東京系WBSのコメンテーター。「首相は自らの政治信条を抑え、過去の談話にプラスした足し算の談話を発表。国益に殉じた。」と最大限の絶賛。肩書はクレディ・スイス証券チーフ・マーケット・ストラジスト。ウィキで見たところ、小泉内閣の主要政策の初代評価委員を始め多くの公職に任命されていると。市民の常識からすると「政商」。ネット見ない人のためにもテレビ局は、きちんと肩書を記すべき。

先にご紹介した英国政府の公式HPを見ていて、今更ながらですが仰天。マイケルファンロン国防大臣など昨年7月18日から日本の軍拡に正式な期待を表明。「自衛隊と英国国防省と軍の協力は良好で、さらに緊密になりつつあります。」日本を北大西洋条約機構(NATO)の重要なパートナーであると評価。欧州戦線にまで駆り出す魂胆。

貴下ご指摘のアカデミーの裏切り。丸山先生ご教授の戦前に政治学などの件、政治に疎い身でも、まさにお説の通りとの理解でおります。加えてマスコミのでたらめさは目に余る。戦前と同じ。新聞、ラジオがテレビに化けただけ。またぞろ市民と平和を遺棄。勝ち目のない泥沼の戦争に市民を「殉じさせる」悪魔。今度は取り返しがつかない。
Commented by 長坂 at 2015-08-19 07:01 x
どうせろくでもないだろうと思ったが、想像以上にろくでもない談話だった。ニコ生で十分。だいたい21世紀構想懇談会のメンバーがハンドラーズの舎弟。おべっかとゴマスリ。米英と戦ったのは反省するが、中国に対しては未だ負けを認めない皇軍のメンタリティー。今は単に休戦中、折りあらば、、、の人達。だから天津の爆発で「最初、日本が港を爆撃したのかと思った」と地元の人が The Economistの取材に答えてしまう。
「政治は歴史に謙虚で」と言いながら日露戦争がアジアやアフリカを勇気づけたとか国際秩序への挑戦者とか傲慢そのもの。(日清戦争はどこへ行った?)朝鮮人や台湾人には絶対謝らない。だって下等なお前らを一応臣民にしてやったから。感謝されこそ責められるなんて。
これからは殺人犯も強盗も強姦魔も「国内秩序への(果敢な)挑戦者」って事で。
阿片の栽培で夥しい数の中国人を餓死させ莫大な財を成した、侵略の当事者も当事者の岸家。一族郎党滅びるまで謝り続けろ!
Commented by at 2015-08-19 22:21 x
天皇陛下の8.15のお言葉がメディアに薄っすらとしか表せられなかった割に、安倍が非核三原則を述べなかったことが報道の頭にきてました。大本営を再現?大本営は天皇のお言葉から始まるでしょう?憲法を超え国民を無視し、立憲主義に反し独裁を省みない安倍を初めとする国会議員の選出自治体の基盤を攻めましょう。公明党は既に創価学会を失っているようです。そりゃそうですよね、命が、平和がと言う宗教団体が戦争を評価するはずがないでよね。参議院の答弁追及は共産党が入手した防衛庁の資料の出所を問題にするより、それが国会(国民の議論)を無視して検討されていたことです!!戦争法案で何の補償もされていない自衛隊員から情報を漏らしてもなんら不思議はないでしょう?自衛隊内部からクーデターが起きるかも?そのことがわからない内閣って失閣?参議院の採決でどの自民党・公明党の議員が賛成するか注視し、ドローン!!ってテロが起きると想定しないのでしょうかね?
Commented by カプリコン at 2015-08-29 21:59 x
安保法制については貴ブログの予測通りに廃案になる大きなうねりになることを期待していた1人としては本当に残念な展開です。岩手県知事選も敵前逃亡でうまく自民党に逃げられてしまいました。

さて、岩手県で採択されている小学校の社会科の教科書会社は「新しい歴史教科書をつくる会」のような右翼色が強いものではないのですが、中韓に対する記述が大きく変わってしまいました。事前に教科書の採択のために市町村ごとに4社前後の教科書を見比べ各校の意見を記述する機会があります。私も昨年度社会科の教科書を見たのですが、下記の理由により今回は違う教科書会社を選択しました。理由を書くと政治的なことを勘ぐられるのでそのことは書きませんでした。でも、出来レースなんですよ。建前で一応意見を聞いているだけで教科書会社がその教科についての権威(人や団体)をがっちり押さえているので教科書会社が変わることはまずないです。

今回の岩手県で使用する小学校の社会科の教科書で削除になった部分です(中韓に関連して)。
・石川啄木の韓国併合に関しての「地図の上朝鮮国にくろぐろとすみをぬりつつ秋風をきく」という短歌と朝鮮国が民族の願いを込めて起こした反対運動の記述。
・ナンキン事件の記述。
などです。反対に新しく加わったことには、
・竹島は韓国が不法な占拠をしている。
・尖閣諸島は日本の領土なのに中国が自国の領土であると主張をしている
北方領土の問題と沖縄の基地問題についての記述と比べると雲泥の差です。
小学生の使用する教科書を見てもこの有様です。この教科書で社会科を教えることを考えると憂鬱です。
Commented by さおり at 2015-09-13 11:24 x
安倍政権は、中国を脅威だと煽り抑止力のみを抑止力のみを強調し国民を誘導しているに過ぎない。中身が全く無い法案。万が一戦争に巻き込まれてもこれでは日本は沈没してしまうのではないか?と不安に苛まれる。安倍政権のいい加減さを許してはいけない!違反していたら、罪だろう。何故法案が通るのか?参議院、衆議院にも問題があるのではないか?


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