安倍談話は長続きしない - 内外に共感と支持の集まらない歴史認識

c0315619_16522728.jpg安倍晋三の戦後70年談話は、テレビで聞いていて非常に分かりにくかった。注目された四つのキーワードは文章に盛り込まれたが、単に形だけ盛り込んだだけで、言葉を使っている意味は村山談話とは全く違うものになっていて、悪辣な意図で換骨奪胎が細工された面妖な構文と表現になっていた。野党のコメントと民放のテレビ報道で共通して指摘されたように、侵略と植民地支配は一般論を述べた件に語が配置されていて、日本が過去に侵略と植民地支配を行ったという歴史認識が示されていない。これは明らかに村山談話の否定であり、百歩譲っても、マスコミが言うとおり村山談話からの後退だろう。朝日の社説も、有識者懇談会ですら大陸への侵略を報告書に明記していたのにと非難しているが、私も、テレビ中継を見ながらその点を強く意外に感じた。あの御用学者で右翼論者の北岡伸一ですら、侵略したことは間違いないと何度も発言し、「お詫び」は入れなくていいが「侵略」は入れる必要があると強調していたにもかかわらず。有識者の報告書はどうなるのだ。結局、安倍晋三のかねてからの持論を押し通し、侵略したという歴史認識を談話から排除した。植民地支配も同じで、韓国に対する日本の植民地支配とは全く無関係な文脈でこの語を使っていて、村山談話の歴史認識は踏襲されていない。韓国国民は大きく失望したことだろう。



c0315619_16524332.jpg昨夜(8/14)の報道を見ていると、韓国のテレビが安倍晋三の会見を生中継している場面が映し出されていた。韓国国内が談話を注目していた事実が窺われ、粛然とした気分にさせられた。韓国の人々がここまで高い関心を払って安倍談話を凝視していたことを、日本国民はどれほど知っていただろうか。何度も言っているが、村山談話は日韓二国間の基本法なのであり、日本人が韓国人と関係を組むときにそこに即かなくてはいけない原理原則なのだ。村山談話があったから、1995年以降、日韓は相互に信頼関係を育むことができ、例えば、1998年からの日本の大衆文化の韓国市場開放などという未来志向の政策決定に踏み出すことができ、その後の頻繁な首脳訪問の往復を続けることができたのである。村山談話は日韓の信頼関係の基盤であり、日本政府がそれを堅持してきたことで韓国の対日不信を払拭することができた。韓国の人々が70年談話を真剣に見つめていたこと、そういう隣国があることを日本人は強く思わなくてはいけない。韓国の人々の心にもっと内在して、70年談話の意味を切実に考えないといけない。昨夜、そうした倫理的責務を説くマスコミ論者はいなかった。8月15日は韓国が独立を取り戻した光復節なのであり、一国の再出発・再建国の記念日なのだ。今の日本人は、あまりに過去の歴史に無神経すぎる。

c0315619_16525598.jpg今回の安倍談話は、果たして政府の歴史認識としてずっと定着し通用するものだろうか。談話を聞いて率直に思ったのは、そういう感想だった。侵略も植民地支配も認めない、謝罪もしないし反省もしない。村山談話とは全く異質で、違う立場の歴史認識が示されている。特に中国韓国に対する姿勢と立場が根本的に違う。村山富市は、昨夜(8/14)の会見で、村山談話が継承されたという認識は「ない」と断言したが、そのとおりで、どのように詭弁を弄して言い繕っても、安倍談話と村山談話はコンテクストとメッセージが異なるものだ。安倍談話の目的と意図は、村山談話で示された歴史認識を相対化することであり、別の歴史認識にリプレイスすることである。しかし、その安倍談話の歴史認識は、文章化された中身はきわめて曖昧で、長々と書き綴られながら意味が分かりにくい表現になっていて、政府声明として不具合な作文になっている。失敗作だ。こうしたアニバーサリーの外交文書というのは、誰が読んでも一義的に意味が受け取られる平明な記述でなくてはいけないし、そうでなくては時代や状況の変化の中で価値を失ってしまう。すぐに減価償却される。何と言っても、この談話は政府外交のマニフェスト(宣言書)であって、国際関係の外交声明である以上、それを受け取る相手がいる。相手とは、他の誰よりも韓国と中国である。

c0315619_165389.jpg韓国と中国の人々が歓迎せず共感もしない外交宣言が、果たして実効上の生命力を維持できるだろうか。例えば、数年後の国会で、誰が首相になっているか分からないが、野党から「総理は安倍談話を踏襲しますか」という質問が出ると予想される。同時に、「それでは村山談話を踏襲しますか」という質問も出るだろう。答弁しなくてはいけない。数年経った時点では、安倍談話と村山談話の二つは全く趣旨が異なり、違う歴史認識が示されたテキストだという定義と理解が一般に定着しているだろう。両者の間に継承性や互換性はないという結論になり、それが世界の常識になっているだろう。安倍談話は村山談話の否定を作為した悪質なもので、歴史修正主義の底意を孕んだ詭弁工作だという評価が確立しているに違いない。何となれば、談話について判断するのは外国だからであり、日本や外国の歴史学者だからであり、日本の右翼が決められる問題ではないからだ。そのとき、国会で日本の首相は、「二つとも私の内閣で踏襲します」と言えるだろうか。ここに、菅談話というサンプルがある。日韓併合から100年の節目になる2010年に菅直人の野心によって発表されたが、今日、その存在を知る者は少なく、歴史認識の外交宣言としての意義を評価する者はほとんどいない。発表からわずか5年で、すでに忘れられた文書になってしまっている。

c0315619_16531845.jpgネットで検索をかけても、菅談話は官邸のサイトに置かれていて、外務省のページで見つけることができない。つまり、外務官僚は菅談話を無視していて、日本政府の公式の外交業績として認めてないのである。こういう悲惨な運命を辿る首相談話もある。鳴り物入りで大きく発信された安倍談話だが、私はその前途を楽観視しない。第一に、外務官僚が積極的に評価していない。外務官僚の安倍談話への姿勢と反応は、東郷和彦のマスコミでの発言がそれを代表している。その主張は明確で、村山談話と同じものを出せであり、10年前の小泉談話と同じにしろであり、違うものや曖昧なものにするのなら出すなである。朝日の本日(8/15)の社説が、「この談話は出す必要がなかった。いや、出すべきではなかった」と歯に衣を着せない峻烈な表現で批判しているのは、霞ヶ関(外務官僚)がこの安倍談話を評価していないという事実を知っていて、その背景があるから一刀両断の強気に出られるのだろう。この朝日の社説は、まるで東京新聞か赤旗新聞の論調そのもののキレのよさだ。膝を打つ。首相が交代して新しくなったとき、外務官僚は安倍談話を相対化して、再び村山談話を主流の歴史認識に置き直す動きに出るだろう。第二に、安倍談話の前途が洋々としていない理由は、安倍晋三のホームである右翼論者がこの談話を評価していない現実がある。右翼も保守も評価が低い。

c0315619_16584284.jpg右翼の辛口批評については、西尾幹二がBSフジの政治番組で明確に述べていた。簡単に言えば、これは公明党を配慮して四つのキーワードを無理やり詰め込み、村山談話との継承性を偽装するべく苦し紛れの細工をしたため、基本哲学が崩れ、論理の一貫性と安定性が損なわれ、歴史の節目に世界に発表するステートメントの価値がなくなったという指摘である。西尾幹二は、こんなことをしたら、次に歴史認識を正すのは戦後100年の機会になってしまうと嘆いていた。この右翼方面からの悲観論は当を得ている。というのは、安倍談話と村山談話のギャップを埋めるべく、安倍晋三以降の首相と外務官僚は何らか事後処理を始める必要と動機を持つからだ。考えられるのは、例えば、5年後の東京五輪の2020年、戦後75年(終戦から4分の3世紀)の節目に誰かがまた歴史認識で談話を出すという展開である。誰かが何かを出し、安倍談話と村山談話の間を埋める可能性がある。談話を出せば名前が残る。その名誉欲に釣られて、オレもオレもと、節目の年に偶々首相に就いていた者が8月14日に何かを閣議決定する。10年後も、15年後も。そうなると、結局、安倍談話の意味は薄められ、影響は霞んで行き、いつしか、そういえば昔そんな談話もあったねという程度のものに色褪せてしまう。西尾幹二の危惧はそれを言っている。私も同じ予想を持つ。そして西尾幹二と違ってその将来を待望する。

c0315619_16585472.jpg安倍談話の意味が薄れるということは、戦後50年の村山談話の意義が重くなることに他ならない。実際のところ、客観的に見て、安保法制の政局が進行して国民の間に反戦平和の気運が高まる中、安倍晋三の思惑とは裏腹に、戦後50年の村山談話は人々の中で重みを増している。その意義が積極的に見直されるようになった。まさにイデオロギーの逆説(弁証法)と呼べる政治現象が目の前で雄渾に進行している。村山談話のシンプルでストレートな言辞に共鳴が広がり、誠実で率直な歴史認識と真摯な反省と謝罪の態度に対して、それをよく知らなかった日本人が再認識して自らの思想として了解し始めている。日本国憲法に対する再発見と感動と同じものが、国民の間で村山談話に対して共有され始めている。その空気の変化を感知できる。村山談話は、安倍談話の愚劣で醜悪な政治によって輝きを増す結果となった。現時点で政局の行方は見通せないが、今後、もし安倍晋三の支持率が下がり、早期退陣という方向に追い詰められれば、安倍談話の価値は暴落し、誰からも見向きされない代物に成り果てるだろう。こうして再考すると、村山談話というものは、ある意味で奇跡というか、きわめて偶然的な条件が重なった中で、可能性の芸術(ビスマルク)として誕生したことが分かる。社会党の委員長が首相にならなくてはならず、戦前戦中の世代が将来の日本のために果敢に残そうとする営為がなくてはならなかった。

歴史問題に終止符を打ち、アジア諸国、特に韓国と和解を果たそうとする決意がなくてはいけなかった。そして、その大胆な跳躍を支える橋本龍太郎と武村正義の度量と政治力がなくてはいけなかった。左右の垣根を越えた信念と意見の一致が必要だった。条件が揃い、見事に政治の歯車が動いた。画期的な政治だったと言える。村山談話は政治のプロジェクトXだ。村山談話を大切にしよう。憲法のように末永く守り抜こう。


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by yoniumuhibi | 2015-08-15 23:30 | Comments(10)
Commented by stcl at 2015-08-15 22:07
言葉はたんなる音声の発話であって意味などない。これほど口先だけのカスカスになった言葉を聞くのも初めて。というのが談話の一部を聞いただけでもわかるわたしの感想。誤ったイデオロギーの下では言語の生命も危ういです…。
Commented by NY金魚 at 2015-08-16 00:21 x
安倍にとっては、アメリカ軍といっしょに組むという、前代未聞の戦争法制をむりやり通そうとしているときに、自分の本音とまったくちがうことを、言いたくない相手に向かって言うことは、たいへんな苦痛だったでしょう。その苦痛の結晶談話を読みとらなければならない当方の苦痛たるや、とんでもなくク・ル・シ・イ! 支離滅裂というか、今までの自分の意見を痴呆的に覆し、ウソと言葉のごまかしを重ねている。これを評価してしまったリベラル派の人たちは、混乱しすぎてかれの日本語の文脈が追えなくなってしまったのでしょう。朝日の批判社説は正論だが、それ以前に、これほど痴呆的に混乱した頭のなかで生みだされた言葉を、解読することに意味があるのでしょうか、というのが正直な気持ちです。この70年目の大きな意義のある日を、自分の欲望(支持率を戻したい)のために混乱させる首相を、強く弾劾します。
Commented by キヌケン at 2015-08-16 02:02 x
いつも拝読させていただいております。私も今回の談話に失望した者です。 美辞麗句を並べ立てて、いかにも世界平和に貢献しようと決意表明されているように見えますが、よくよく読み説くと、三つの姿勢が顕著でした。
1、侵略戦争の言い訳
2、日本は良いことばかりしてきた、とのお国自慢
3、謝罪はまっぴらごめん
このように自己の完全肯定は幼児への退行現象と捉えるべきです。人間としての真なる成長は、能動的な自己批判を絶え間なく繰り返すことによって促されるものです。自己批判と自己否定の上に立脚した高次な自己肯定が人類に求められていると私は理解しております。昨今の自己承認欲求ばかり高いメンタリティーのみに向けた飴玉のような毒薬に絶望的な気持ちになりました。 日本の首相として恥ずかしいです。
Commented by 愛知 at 2015-08-16 02:19 x
「オバマ大統領の就任演説ーガザの死屍累々で祝福された儀式」安倍の70年談話に対する朝日新聞のような論理的な評価を見ていて、どこかで見たような、と思い出されたのが、冒頭でタイトルをなぞらせて頂い貴下ブログ2009年1月21日配信の記事。似ていると感じた点を以下引用させて頂きます。

「戦争と悲劇を止める指導者としての能力と責任がありながら、就任式までの3週間の間、ガザを血の海にして、パレスチナの子供の無残な遺体を積み上げるに任せた。オバマ大統領の就任式は、罪もなくイスラエルに虐殺されたガザの子供たちの血で祝福されている。」
「ブッシュが退陣して米国の中東外交に変化が起きれば、無権利の牢獄状態の環境に置かれ、生きながらイスラエルに生殺しにされているガザの住民にも、僅かに生きる希望が見える見えるかも知れないと。そう思っていたはずだ。だが、子供417人を含む1315人のパレスチナ人は、その新大統領の就任式を見ることなく殺されて死んでいった。」
「ブッシュ政権からの政策からの転換を言いつつ、ブッシュ政権の政策を媒介した米国の独善的で超越的な思想については本質的な問い直しをしない。結局のところは、歴史に根拠づけながら、米国の判断と行動を全面肯定している。」
「普通に暮らしている広島長崎の数十万の市民の上に原爆を落として数千度の熱で焼き殺した歴史であり、またベトナムに枯葉剤を撒布して大量の障害者を発生させた悪魔の歴史でもある。その点の認識が完全に欠落していて、選民思想のような自己肯定の思想しかない。」

大統領の就任演説と総理大臣談話は、そのまま比較対象にはならないことは、承知ですが、それでもなお、ほぼ「そのまま」という思いに至ります。
オバマ就任時、さして政治に関心を抱いていなかった吾身は、多くの方が名スピーチと言われたのが不思議で、ガザの話とは関連付けられず、ただ何となく血生臭い変なスピーチと感じていた程度の不勉強者でした。貴下ブログにより、いろいろなことを学びました。
安倍はイスラエルと共同での兵器開発に合意しておきながら、70年談話は、いったい誰に向けられているのか。
Commented by NY金魚 at 2015-08-16 11:31 x
憤懣やるかたないのでもう少し。
アベの談話の中でどうしても許せないのは、いくら自分がいやいや謝罪したといっても「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」の下りです。そりゃあ、アベ自身の信念から観れば、完全にウソになる「謝罪」は嫌でしょうがないでしょう。でも、私たちの子どもや孫が「次の戦争で命を奪われること」にくらべれば、謝罪を続ける宿命なんて、なんでもない。子どもたちを戦争から守るは、政府の渾身の力を振り絞った外交努力と、これから戦争しようとする国(アメリカを含めて)に平和の説得をすることです。戦争という問題解決はもう時代錯誤だ、と。もちろん過去の歴史の大きな汚点に対する謝罪は、未来永劫しつづけないといけないと思います。当たり前じゃないか! 日本のこれからの役割はそれしかありません。自分が謝罪するのが嫌だからって勝手なことを言うな! ねえ鳩山さん!
Commented by H.A. at 2015-08-16 17:48 x
巧言令色鮮矣₍すくなし₎仁。
Commented by 日本国民の誇り at 2015-08-16 23:57 x
「戦争は絶対に無くならないと確信するようになった」と谷川俊太郎が、こどもたちに向かって話していた。
 私の息子の小学校で谷川が子どもに向かって話をしたことがあるが、「谷川さんはなぜこんなにたくさんの詩を書いたのですか」という小学生の質問に対して、「詩を書いてお金をもらっているので、生きるために書いているのだ」と答えたのを聞き、本当にすてきな人だと思った時のことを、ありありと思い出した。
 「戦争は絶対に無くならない」。だからこそ「戦争をしないように努力し続ける」しかない。あるいは、後退することがあってもなお、戦争を無くそうとする方向に顔を向け続けること、それをやめれば、すぐに戦争になる。そういうことだ。
 今の日本国民の誇りは、戦後70年間、その努力を続けてきたことである。例えば「村山談話」も日本国民の努力そのものだ、「平和ボケ」という思考停止ワードがあるが、何もせずに戦争のない状態を維持できるはずはない。
 安倍談話は、すぐに忘れられる。その通り。国際社会で評価されないものが残るはずがない。
Commented by at 2015-08-17 11:08 x
4つのキーワード。
本当は言いたくないのに無理に言ってる感じ。
巧みに核心部分への言及を避けているようだ。
Commented by 梅子 at 2015-08-17 11:11 x
安倍談話は残らないし、本人も残ってもらいたいとも思っていないだろう。安倍本人は最初はもっとナショナリズム満載の世界から尊敬され賞賛される日本!!日本がアジア諸国を開放した!!というような自慰史観を中韓何するものぞと国民の熱狂のうちに発表したかったのに結局は圧力に屈し、過去形ではあるものの日本が謝罪したことに触れざるを得ず、誰に対して何を言いたいのか全然わからない言い訳だらけのだらだらと長いだけのスピーチライターの作文をうつろな顔で読み上げるだけに終わってしまった。ウヨの間では子孫に謝罪をさせないとしたことで絶賛している向きもあるが、そんなことはこちらが決めることではなく国際社会が決めることだから、そう思い通りに行くかどうか。
人の心に残るスピーチと言えば、キング牧師のI have a dream.で始まる有名なスピーチがあるが、私が大好きだったアイスダンスのアニシナペーゼラ組がそのスピーチを音楽に組み込みながら「自由」をテーマに踊って2002年オリンピックの金メダルを取っている。優れたスピーチは音楽にすらなると思ったことだった。4月に安倍が米議会でそのキング牧師の言葉をパクってすごくムカついたが。(下品な言葉ですみません、でもこれが私の気持ちに一番ぴったりくる言葉だったので)なぜキング牧師の言葉が人の心に残り続けるかは簡単でそれが心からの叫び訴えであり、かつ人類が追い求めている真実だからだ。それがないスピーチなど残るはずがない。
Commented by 私は黙らない at 2015-08-18 05:17 x
村山談話では、重要なところが全て「私は」で始まり、村山首相個人の決意として語られている。安倍談話には、「私は」で始まるフレーズがみごとに一つもない。国民、各国が聞きたいのは、安倍個人の首相としての見解、決意だろう。「じゃぁ、一体アンタ自身はどう思っているの、決意は何なの?」と突っ込みたくなる。朝まで生テレビで、自民党議員が「公明党に配慮した」と口をすべらしたが、どうせ、あの談話は、安倍+アメリカ+公明党の案をコピペしたのだろう。
 国会での答弁で、野党が「首相、YESかNOでお答えください。」とせまる場面を何回か見たように思う。そのたびに、安倍はみごとなまでにYES、NOを言わない。質問をはぐらかす、論点をずらす、逆に質問者に質問する。野党の質問に真摯な対応をせず、のらりくらりとかわす。見ていて大変気分がよくない。この感覚、何かに似ていると思ったら、ウナギだとわかった。捕まえようとするほど、ヌルッと手から抜ける。尻尾をつかませない。70年談話もウナギ談話だ。とりあえず、キーワードは入れておいて、批判をかわす。このウナギ戦法で、安保法案可決まで乗り切る気か。冗談じゃない。この大ウナギ、なんとかしなくちゃいけない。
創価学会系の大学内に、反安保法案のグループが立ち上がったそうだ。どうか、公明党という大岩を動かしてほしい。
 


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