TBSドラマ「レッドクロス」 - 透徹した歴史認識と感動の反戦メッセージ

c0315619_1639681.jpg戦後70年の特集番組として8/1と8/2の二夜連続で放送されたTBSドラマ「レッドクロス」を見た。感動の余韻がずっと残っている。「女たちの赤紙」という副題が付いていて、戦時に召集されて満州に渡った従軍看護婦の物語だったが、正しい歴史認識で組み立てられ、戦争の悲惨がこれでもかと訴えられる渾身の内容になっていた。率直に、こんな暗黒のファシズムの時代によくこうした充実した反戦ドラマを制作できたものだと圧倒され、奇跡を見ているような気分にさせられる。日本では、このような日中現代史の真実を描いたドラマはもう無理だろうと諦めていたので、松嶋菜々子たちが紅軍の衣装を身につけて颯爽と行進する姿を見て、腰を抜かして驚いたというのが偽らざる感想に他ならない。ひょっとしたら時代が変わり始め、重苦しい雲が晴れて青い空が見える兆しなのかもしれないと、そんな楽観的な予感を抱かせてくれる。間違いなく、この戦後70年企画のドラマは、マスコミ支配を強める安倍晋三に渾身の抵抗を示したもので、右翼権力の横暴には屈服しないぞというテレビ人の意思がこめられている。百田尚樹や櫻井よしこや小林よしのりが見たら、卒倒して悶絶してしまいそうな悪夢の「左翼ドラマ」だろう。彼らはこの20年間、こんな歴史作品がマスコミの表に出る「事故」が起きないよう、モグラ叩きと殺虫剤噴射と除草剤散布の「思想事業」を徹底してきたのだ。



c0315619_16392276.jpg安倍晋三と右翼にとって、このドラマはまさに挑発と反抗そのもので、官邸に衝撃が走ったのではないか。放映後のTWを気になってチェックしたが、右翼からの拒絶反応の怒濤という現象は見られなかった。衝撃が大きすぎ、付け入る隙がなさ過ぎて、圧倒されて何も言えなかったというのが本当のところだろう。10年以上、これほどストレートに真実を衝く歴史ドラマはなかった。見終わって、昂奮したまま作品の情報をネットで集めようとしたが、思いのほか情報が少ない。スケールの大きな歴史大作でありながら、詳しい説明がなく、制作側のテキストが載っていない。脚本は橋本裕志が書いている。原作はない。これだけ壮大な作品だと、原作は誰で監督は誰というクレジットが付されるものだが、このドラマにはそれがない。脚本が橋本裕志で演出が福澤克雄、つまり原作が橋本裕志で監督が福澤克雄という意味だ。唯一、この作品について多くの情報を得られる公式TWでは、福澤克雄のことを現場で監督と呼んでいる。しかし、公式HPでは、橋本裕志の言葉も福澤克雄の言葉もない。メッセージが発せられてない点が不思議な感じがする。普通は、趣旨や意図を言い、視聴者(観客)に対して挨拶を言うものだ。スタッフが多くを語ってないのは、おそらく理由があり、きっと政治的な深慮からのもので、右翼に隙を与えないため、難癖をつけられて騒動になる禍を避けるための用心だろう。

c0315619_16393572.jpgこの作品には原作はなく、橋本裕志がオリジナルで書き下ろしたという紹介になっている。だが、一目見て、連想が及んでテーマとイメージが重なる作品が二つある。一つは言うまでもなく、戦後50年の1995年に制作放映されたNHKの「大地の子」である。「大地の子」から20年経った。20年間、「大地の子」は禁忌され続け、世間から隠蔽され続けた。本当なら、戦後60年の2005年、全11回が丸ごとNHKで放送されなくてはならず、日中国交回復30周年の2002年と40周年の2012年、国民の教育用に再放送されるのが当然だった。右傾化とは、「大地の子」を知らない人間を増やし、傑作への感動から人を遠ざけることだろう。第二夜の、博人がハルビンの日本人に騙され、奴隷市場で競売にかけられた絶体絶命のとき、養父で中国人地主の楊錦濤が登場して救出するシーンがあったが、あの場面は、死にかけた少年の陸一心を陸徳志が置き去りにすることができず、引き取って自分の息子にして育てることを決意する感動のシーンを想起させる。二つの場面の意味は同じで、同じ歴史の真実が設定を少し変えて登場しているだけだ。戦争の悲劇を伝える上で、そして日本と中国との戦争の歴史を正しく教える上で、残留孤児の問題はきわめて重要な史実である。橋本裕志が「大地の子」にどれほどインスパイアされたかは分からないが、よい材料をドラマに描いてくれたと拍手したい。

c0315619_16394791.jpg「レッドクロス」では母親と息子という関係だが、山崎豊子の「大地の子」では、帰国した父親(仲代達矢)が残留孤児となった兄妹(上川隆也、永井真理子)を探すという設定だった。満州の戦場に召集された従軍看護婦が、本当に八路軍の要請に応じて看護兵となって国共内戦で大陸を転戦した事実があるのか、そうしたモデルが実在したのか、よく分からないが、ドラマの最後には「フィクションです」という但し書きがあった。フィクションだとすれば、非常によく構想が練られた物語だし、フィクションの中に重要な戦争のモメントをよく盛り込んでいる。あらためて、日中戦争という歴史の凄絶さと意味の深さを感じるし、その歴史を無視し消去し続けている日本の政治的現実に愕然とさせられる。また、このドラマには地主小作制の問題も挿入されていた。戦争の問題と寄生地主制の経済社会構造とは切り離せない。切り離せないのに、あれだけ橋田壽賀子らが熱心に教育して説明してくれたのに、今の日本人はその教育の所産たる知識を捨て、過去の真実を脳内からリセットしてしまっている。そうした教育素材に不当なイデオロギー的レッテルを貼って貶め、排除し、黒々と塗り潰し、事実上の焚書処理をしてしまっている。現在の脱構築の大学教授たちは、例えば本田由紀などが念頭に浮かぶが、脱構築の視線で歴史を見るから、戦前の日本社会について正しい認識ができないのだ。橋田壽賀子がドラマに応用した講座派の方法を否定するから、日本の近現代史が正確な概念で理解できないのだ。

c0315619_16395921.jpgイメージが重なる二つ目の作品は、韓国映画の「ブラザーフッド」だ。千振の開拓団村がソ連軍に襲撃されたとき、希代(松嶋菜々子)の義兄の中川光(赤井英和)が縛り首にされて吊されている絵が出たが、一瞬、「ブラザーフッド」の中の似たような場面を思い出した。このドラマでは朝鮮戦争まで舞台に入れていて、そのため、日本人にとっての戦争の歴史を描くというテーマからすれば窮屈で過剰になっている感を否めない。だが、子どもだった博人が成長して戦場で母親と再会を果たすという結末を企図すれば、人民解放軍で軍医の助手になった博人が母親と戦場で再会するという展開が必要で、となれば朝鮮戦争まで時間を引っ張るのは自然な流れとなるだろう。また、「戦争はまだ終わってない」というメッセージも重要で、日本に侵略され支配された中国と朝鮮半島の人々にとって、戦争は1945年8月15日で終わらず、1953年7月の休戦協定まで続くのである。中国人民解放軍義勇兵の犠牲者は40万人とも50万人とも言われている。その中には、博人のようなまだ10代の子どもだった日本人残留孤児、中国人からすれば「小日本鬼子」も少なからず巻き込まれていた可能性がある。状況や境遇を考えれば、そういう運命を強制される必然性は小さくなかった。残留孤児と朝鮮戦争という問題は、これまで一度も提起されたことがなく、その意味で、このドラマは新しい想像力の地平を切り拓いてくれたと言えるのかもしれない。

c0315619_1640119.jpgドラマの中で非常に印象的だったのは、第二夜で登場する八路軍幹部の王江明役の俳優と、博人と大地を虐めて炭鉱で酷使する中国人女役の女優の二人だった。二人ともてっきり中国人俳優かと思ったら、王江明役は小松拓也という日本人が演じていた。素晴らしい演技。上海を拠点に活動していて、現在37歳、歌手としても活躍している。博人と大地を鞭で打って残酷に虐待する悪役の女は、どうやら現地の女優がやっていた。TBSが公開している公式HPには、中国人キャストについての情報が全く載っていない。このドラマは中国人キャストのおかげで重厚に仕上がっているのに、その方面を案内する情報が公式HPには何もなく、中国側関係者への制作上の謝礼の言葉もない。それ以前に、中国側の協力情報が省略されている。通常であれば、これほど大型の歴史ドラマなら、撮影前の企画段階からの中国側の協力なしに制作できるはずがないし、日中共同作品というような触れ込みが看板に掲げられるものである。その辺りの情報が、お役所的な形式上の文言でも、いろいろと派手に宣伝されるものだ。そうした国際交流の要素が「レッドクロス」には一切なく、公式HPはひたすら地味で寡黙で、TBSが単独で作りましたという話にしていて、戦争史を描いた国際作品の性格を薄めている。つまり、右翼と政権の目を意識し、波風を立てないよう静かにしている。中国という要素をひたすら消している。ドラマの中身の勇気あるラディカルな主張と、公式HPの無闇に神経質な中国隠しの配慮が、何ともアンバランスなコントラストとなっている。

c0315619_16402354.jpg松嶋菜々子が主役に抜擢されたのは、そして本人が仕事を引き受けたのは、どういう動機と事情があったからだろう。この作品がどういう趣向のものかは、ナレーションに倍賞千恵子が配されていることでもよく分かるし、それは納得できる配役だ。普通にイメージして、山田洋次の映画にも出演している宮沢りえや松たか子がキャストされれば、その方がリーズナブルに感じられる。ここまで手抜きのない反戦映画の主役を松嶋菜々子が演じるということは、つまりキャラクターの政治的ポジショニングマップからして、観客からすればやや想定外のサプライズだろう。そして意外性が大きい分だけ、安倍晋三や官邸からすればショッキングな事件の出来だろう。逆に、制作側からすれば、松嶋菜々子をキャストしたことで、作品の政治的中立性の印象を強め、娯楽色のポイントを上げ、テレビの公共性という(右翼がつけ狙う)放送法上の問題もクリアし、思惑どおりの結果を収めたと言えるかもしれない。とにかく、松嶋菜々子が主演という予告情報からは、ここまで透徹した歴史認識と完璧な反戦作品は予想することができなかった。このドラマで主役を演じたことによって、松嶋菜々子の表象は変容し、本格的な大型女優 - 吉永小百合や倍賞千恵子や岸惠子のような知性派 - への接近を得たと、大衆の一人としてそう評価してよい。そうした評価を得ることは、女優個人の商売上の選択と判断としては損得がある。簡単に言えば、この国を支配している安倍晋三ら右翼勢力を敵に回したことを意味する。

本人が女優としての完成を採り、右翼からの評価を捨ててリベラルの陣営寄りに移動してくれたことは、非常に有意義で画期的なことであり、テレビドラマを愛する地べたの市民として言祝ぎたい。最後にもう一度、この作品を制作に携わったTBSの者たちの勇気を讃えたい。NHKに払っている受信料の半分をTBSに分けたいぐらいだ。


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by yoniumuhibi | 2015-08-03 23:30 | Comments(8)
Commented by 愛知 at 2015-08-03 22:40 x
TBSドラマ「レッドクロス」細君とずっと見ていました。まさか朝鮮戦争が入っているとは思っておらず、ヒロトの歳が合わない、ドラマおかしいなどと言いつつ。芸能界なんて、まるで無縁ですが、かなり前にクランクアップ(と言うのか)していたのだと思い、逆算すると今、放送したTBSの先見性に驚かされます。ここまでやってくれるなら、エンドロールの「フィクションです」の後、「今後のノンフィクション」くらいのサービスがあっても、とは思われました。「私は貝になりたい」見たのはフランキー堺主演作だけですが、TBSの重厚さを知りました。戦後生まれの吾身が実際に目にしたのは、「乞食」「福祉泥棒」だと中国残留孤児を足蹴にしていた近所の人だけです。あれは、ひどかった。戦争を真っ向否定したTBSとご紹介の貴下ブログに感謝します。
Commented by さくら at 2015-08-03 23:09 x
中国にいた日本人看護婦が、戦後紅軍に参加し国共内戦で各地を転戦したのは、実際にあったことです。私が1977年はじめて中国を訪れた時、同じ訪中団の中にそういう経歴の女性がいました。
また、兵士として出征して捕虜になり、そのまま紅軍に参加した男性もいました。お二人とも新中国成立後日本に帰国しました。
この男性の、女性兵士の着替えをこっそり覗き見して見つかり、トイレで毛沢東だかマルクスだかの本を読む罰を受けた
という話を思い出しました。
帰国後は自らの体験をあちこちで語り、日中友好に尽力されていました。若いときにこういう方たちのお話をじかに聞くことができたのは、たいへん貴重な機会であったと今更ながら思います。
Commented by tbsえらいぞ at 2015-08-04 05:45 x
こちらでこのドラマ初めて知りました、ご紹介ありがとうございました(TV見ないし地デジはもってないし-わたくしはw)。さっそく片鱗なれど見てきました。国民に憎しみをあおるのが戦争の種蒔きなら、その反対をした立派な超弩級の国際ドラマです。
いま日本では長年がかりで、実際にあった人々の体験がいかに揉み消されて、ドラマにすることさえ、紹介することさえ禁じられているか、制作情報さえはばかられるようになっているのかが、よくわかりました。日本人の目から隠されてきてしまっていた!ネット上ではすでに削除もあるようですが。安倍一派はもう少数派です。何としても戦争を止めなければ。
(中国、満洲で・・・。若き若尾文子のデビュー映画 “死の街を脱れて” も再上映されてるそうですね。)
Commented by NY金魚 at 2015-08-04 15:12 x
NYではもちろんまだなので「レッドクロス・2分まとめ」というヴィデオを観ましたが、松嶋菜々子、迫真の演技。「大地の子」の雰囲気充分ですね。2週間待ちで貸ヴィデオ屋が楽しみです。
終戦記念日が近づいて、反戦の声が大きく増えている実感があります。
ドラマというつながりだけで、アップしたばかりの金魚ブログをTBさせていただきました。
海の向うからですが、アベの退陣を心から祈っています。
Commented by 研究者秘書 at 2015-08-04 16:17 x
このドラマは、今のご時世「軍国少女礼賛番組」かと警戒し、拝見しませんでしたが、戦後、従軍看護婦や軍医の方々が八路軍で医療を担当していたということはあったようです。こちらの記事にもあります。
http://www.jiji.com/jc/v4?id=jrcnurse0001

NHKの「兵士たちの証言」というドキュメンタリーでも従軍看護婦の方の証言で、確かあったと思います。
ああいう良質なドキュメンタリーを制作していた頃のNHKに戻って欲しいのですけど。。。
Commented by X at 2015-08-04 22:22 x
このドラマの放送前日のNews23でモデルとなった方のインタビューを放送していました。
Commented by タブロウ at 2015-08-05 01:12 x
ほんとうにいいドラマでした。
私はこのドラマが実話、または実話を元にしたフィクションだと思って見ていました。
昼間に先行放映された番組制作に伴うドキュメントで、
実際の看護婦の方がまだ存命であるだけでなく壮健で、
そのインタビューと、再度中国を訪れる密着取材をしていたからです。

監督の福澤克雄さんは「半沢直樹」などのヒット作を手がけた人で、
中国人養父役の薄宏さんと、子供の兄弟ふたりを売り飛ばす日本人役の加山到さんは
ともに「大地の子」に出演していたと、加山到さんのBlogに出ていました。
とくに薄宏さんは存在感のある演技が素晴らしかったですね。
このふたりの出演に、制作者の強い意志を感じます。
あと、薄宏さんと中国八路軍幹部の小松拓也さんは声がいいと感じた人が多かったと思いますが
おふたりとも声楽家、歌手でもあるそうです。
私も小松拓也さんは中国人俳優だと思っていました。
これから先、活躍しそうな俳優さんですね。
Commented by 荻原 理 at 2015-11-20 00:13 x
このドラマ、平成27年度文化庁芸術祭参加作品に成って、再放送が決定し、放送は2015年11月22日(日)深夜25時25分開始ですが、特別編なので深夜28時に終了です。CMを含めても、約4時間半の作品なのに、約2時間も省略するとは・・・。しかも、関東地方の放送のみなのが残念。現政権に慮って、変な編集をしていなければ良いのですが、完全版は年末年始に、再放送する事を「期待」するしか無いのか・・・。


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