沖縄の民主主義の勇気とカタルシス - 慰霊の日の「帰れ」のハプニング

c0315619_17451459.jpg昨日(6/23)、「慰霊の日」の摩文仁の丘の全戦没者追悼式で、安倍晋三の挨拶に対して式参列者が「帰れ」と罵声を浴びせる事件が起きた。Tw上にすぐにそれに対する反応が流れ始め、経緯を知ることになったが、厳粛な式典の場で無礼で非常識だという旨の非難の声ばかりで、リベラル系を含めて擁護する意見が全く見当たらなかった。それが意外で不満だったので、私なりの常識論を上げてみたら、反響が多かったのか検索で上位に上がる結果になった。右翼の言論工作というのは常にこの手法で、辺野古で抵抗運動をしている者たちへの攻撃もそうだが、過激だとか非常識というイメージを塗りつけて卑しめ、常識のあるこちら側(一般社会)との間に壁を築いて異端化しようとする。隔絶することで無力化を図る。したがって、そうした悪質な言論工作を見つけたときは、すぐに有効な反論を上げて切り返すことが必要で、右翼の主張がネット言論の流れを支配する前に、対抗する説得力で一撃することが大事なのだ。この種の「場をわきまえろ」という常識論に日本人はめっぽう弱く、すんなりと武装解除してしまう。だが、よく考えれば、沖縄県民の常識とは何なのか。あの場で、腐った独善と驕慢の化身のような安倍晋三が、聞き苦しい舌足らずの発音で並べ立てるところの、沖縄を二重三重に侮辱する欺瞞の虚弁の前に、静粛に頭を垂れ、神妙に聴き入って、政府とNHKの思惑どおりに式典を完結させることが沖縄県民の常識なのか。



c0315619_17452751.jpgネットに上がった映像で現場の状況を確認したとき、率直に思ったのは、「さすが沖縄だ」という感慨であり、映画『標的の村』の辺野古ゲート前の感動の場面が思い起こされた。沖縄は、いつもこういう民主主義の熱いモメントを見せてくれる。マコーマックは、日本の中で最も民主主義の水準が高度なのは沖縄だと言ったけれど、沖縄には骨太の民主主義の精神が生きていて、本土の人間が忘れ去った貴重なものを甦らせてくれる。沖縄の抗議集会の絵がいいのは、登壇する者のスピーチの完成度が高いだけでなく、会場に詰めかけた聴衆の熱気と掛け合いの呼吸の見事さだ。聴衆の心の中にピュアな思いがいっぱい詰まっていて、ぎゅうぎゅうはち切れそうな圧力と弾力になっている。昨年の県知事選のときの、菅原文太の最期の絶唱の場面もそうだった。堕することのない、折れることのない、健全で硬質な精神を持った人々がいて、民主主義のバイタルな空間を作っている。それは東京にはないものだ。日比谷の野外音楽堂では見たり感じたりすることのできないものだ。日比谷の集会では、はち切れそうな精神の内面張力の人を見たことがない。内面張力が限界点を超えて、言葉になって口から暴発された一瞬を見たことがない。壇上の著名人の言葉も貧しく、形式的で、業界の「お仕事」的で感動をもよおさない。国会前でのそれは、どこかに萎びと作為のあざとさの契機があり、溌剌としたパワフルな本物感がない。

c0315619_17454190.jpgネット上には、式典の取材に居合わせた海外の記者たちの報道が紹介されている。日本国内のマスコミ報道と違うのは、安倍晋三が参列者から罵声を浴びた事実にフォーカスしていて、それを大きなニュースとして扱っていることだ。BBCもそうだし、AFPもそうだ。EuroNewsの映像を見ると、安倍晋三が式辞を読もうとしたとき、会場から"Go home"、"What are you doing here"と叫びが上がったと正確に説明している。こうやって英語で海外の報道を聞くと、事件の大きさが実感できるし、何が起きたのか、どう関心を持つべきかがよく理解できる。海外の記者たちにとっては、少なからず衝撃的な出来事の発生だったに違いなく、また、彼らの常識と感性からすれば納得できるハプニングで、ポジティブに受け止められる政治的アクシデントだったことだろう。2008年にブッシュがバグダッドで靴を投げつけられた事件があったが、あのときと同じ感覚で今回の騒動を捉えたはずだ。すなわち、勇気ある市民による権力者に対する義挙という認識である。海外の記者の視線からすれば、これだけ沖縄に対して虐待と愚弄と苛政を続けている安倍晋三を目の前にして、沖縄県民が平静を保って粛々とセレモニーに付き合っている方が不思議なのであり、そちらの方が肯定的に意味了解できない、民主主義と市民社会の原理とは相容れない、東洋的な屈折した従順と諦観の態度に見えるだろう。

c0315619_17455337.jpg安倍晋三が座っていた式典会場の最前列には、大名行列で東京から同行した閣僚などの他に沖縄選出の国会議員が並んでいた。(自民を除く)議員と翁長雄志ら県幹部は、この市民のハプニングを、きっと迷惑に感じることはなかっただろうし、多くの沖縄県民もこの怒りの罵声を自らの心境の代弁として頷いたに違いない。現場の進行状況として、この罵声は突然に生じたものではなく、その前に翁長雄志の平和宣言による大胆な政府批判の言葉があり、それへの会場の拍手喝采があり、その高揚した空気の延長上に発せられたものだ。県民の正義を代表する翁長雄志の強いメッセージがあり、それは聴く者の心を打ち、共鳴と昂奮を沸き立たせるものだった。権力者の前で渾身の勇気を奮い、式典の慣例の則(のり)を踏み超えたのは翁長雄志である。だから、会場に参列していた市民も、知事に続いて勇気を奮おうとしたのだ。堰が切れたカタルシスの勢いで、県民の正論を吐いたのだ。私もカタルシスを覚えた。東京のマスコミ報道では、翁長雄志の式辞での政府批判が過度に異例だという、「不謹慎」を責め咎める論調になっている。今日(6/24)の朝日の1面記事が典型的だが、非政治的であるべき慰霊の式辞に辺野古問題を入れすぎだという、遺憾と譴責の念を滲ませた筆致になっている。朝日は政府の視線を代弁している。

c0315619_1746495.jpgあの場で、安倍晋三から距離の離れた位置で、あの短い時間で、沖縄県民が沖縄の意思を安倍晋三に届けようとして、他にどんな言葉があるだろうか。拒否する県民を無視して、抗議する知事を侮辱して、「粛々」という悪辣なフレーズを繰り返して、辺野古を無理やり埋め立てようと動く最高権力者に対して、一人の県民が顔を合わせて挨拶をするとき、あの「帰れ」という罵声以外のどんな言葉があるのだろうか。神聖な場所、神聖な時間、20万人が犠牲になった沖縄戦、その70年目の節目の式典。そこに、県民の命とも言うべき美ら海にコンクリートを流し込んで米軍基地を新設しようとしている権力者がやって来て、神経を逆撫でさせられる、聞き飽きた鬱陶しい欺瞞の言葉を並べ立て、おまえたちの危険性を除去するために政府が埋立工事してやるのだと、そう言いのけられたら、精神的拷問を受けるに等しいその常套句が浴びせられるべく、式典の壇上に安倍晋三が進み出たなら、市民は「帰れ」と罵声を飛ばす以外に、どう民主主義的なお行儀の反応を示すべきなのか。安倍晋三の欺瞞と愚弄は、参列者と県民に向けられているだけでなく、20万人の死者にも向けられているものだ。あの場所が聖地で、慰霊が静謐なものでなくてはいけないからこそ、安倍晋三の不誠実な態度や言動は許せないもので、戦争で命を奪われた20万人の名誉と尊厳が傷つけられることになるのではないのか。

c0315619_17461611.jpgあの場所あの時間の慰霊に最も不適切な悪の存在が、戦争の策動に血眼で邁進している安倍晋三ではないか。私はそう思い、昨日(6/23)の市民の行動に共感した。代弁された一人として、よくやったと評価したい。3年続く長い安倍晋三の治世で、市民から直接罵倒されて恥をさらす失態となったのは、今回が初めてのことではないか。意味はきわめて大きく、沖縄の市民の功績は大きい。常に評判を気にし、北朝鮮の指導者と報道の関係と同様、「国民から人気のある」像で報道されていなければ我慢のできない安倍晋三は、今回の事件で相当に打撃を受けたことだろう。訪沖の前日、6/22の夜には朝日が支持率39%を報じていて、安保法案の見通しが不透明な中、安倍晋三には相当のストレスがつのっていた。連日の失態と不評材料の続出は、他の報道各社の世論調査に影響するし、支持率が下がれば安保法案の成立は厳しさが増す。実際のところを推測すれば、安倍晋三は安保法案について周囲に当たり散らしていて、特に、憲法学者の反乱が始まった6/4の憲法審査会の船田元の「失態」に怒り心頭で、党(自民党)に責任を取れと暴れまくっているに違いない。会期延長について、6/19に官邸に谷垣禎一を呼びつけて協議していたが、おそらく有効な打開策は出ず、戦略的な中身なしに、単に総裁選を押さえ込むという狙いだけのために9月27日までの延長を決めたのだろう。今は、強行採決に逃げ腰の参院(脇雅史)と執行部との間で、責任を投げ合う鞘当てが始まっている。

たった一人の無名の市民でも、勇気を出すことで政治を動かす契機を作ることができる。そのことを、6/23の沖縄の「慰霊の日」の出来事は教えてくれたと思う。「潮目が変わった」とか、最近、政治を傍観している人間がよく言っているのを耳にするが、政治は自然現象ではない。潮目が変わったのではなく、潮目を変えている人間の勇気と行動がそこにあるのだ。


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by yoniumuhibi | 2015-06-24 23:30 | Comments(12)
Commented by 梅子 at 2015-06-24 19:06 x
全くおっしゃるとおり。
安倍の演説はコピペだったそうですね。総理大臣の仕事だからいやいややってきて官僚が書いた作文を読んだだけで、例えば両陛下が戦没者の御霊に頭を下げられる謙虚で真摯なお姿と比較すれば安倍の戦没者への不真面目さは一目瞭然。
無念のうちに亡くなられた戦没者の御霊が今生きている沖縄県民の体に乗り移って叫び声をあげているのだから、ウヨどもの「常識」などの表面だけ繕った何の心も伴わない薄っぺらな言葉など数十万の御霊の声の前には何の力もない。
Commented at 2015-06-24 19:22
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ROM者です。 at 2015-06-24 20:39 x
(確か昨晩のニュース23で見たのですが、)一例として、日本本土からの基地移転の結果として生じた代償つまり、強引に反対者を追い立て、住んでいた家屋を一晩の内にブルトーザーに押し潰されて平らに均して、鉄条網で囲い込んで銃剣で排除したアメリカ軍のアノ凄まじい遣り口に比べれば、
(火炎瓶等なら未だしも、)あんなヤジ位なんて寧ろ遥かに生温い位だ、と言う事に何で我々大多数の本土の人間共たちは、そこ迄の想像力すら及ばない!のでしょうか?
朝日新聞を取らなくなって幾年久しいのですが、あのバランスの取り具合がここまで酷い形で定着して来ているとは・・・。
Commented by 慰霊の言葉 at 2015-06-24 22:41 x
厚顔な安倍晋三を批判することこそが、沖縄戦で命を失った者への慰霊である。
積極的に戦争することを、積極的な平和だと言う安倍晋三に勝手なことを言わせては、戦死者の魂に対して申し訳が立たない。
「普天間の基地が返還される。今後も沖縄の基地負担軽減のために努力する」
安倍晋三こそ、場をわきまえるべきだ。
辺野古に新しい基地が作られることで、普天間に基地がある現在よりも、沖縄の基地負担は増大する。いま造ったら基地が県外・国外に移設される可能性が遠のく。
「帰れ」「ウソ言うな」と言う声こそが、戦争で命を奪われた魂を悼む言葉である。心から平和を望む日本国民の誇り高い言葉である。
Commented by あつい at 2015-06-24 23:19 x
有名な「真実を探すブログ」の管理人も小賢しい罵声批判を記事に書いていましたが、
コメント欄にはかなりの数の、当然の罵声だというコメントがありましたよ。
Commented by バンシルー at 2015-06-24 23:39 x
当記事の件、共感しつつ読ませて頂きました。
おそらく私の親よりも年上で、はるかに社会的な経験も地位も立場もあるはずの方が「あえて」非常識とされる行動に出ているように私には見えました。何故今そうせざるを得なかったのか?を考えてみる必要があると思います。

「また同じ事を同じ地で行いますよ。同じ苦しみをまた味わってもらう事になるかもしれませんが、我慢してください」と行動で示し、戦争準備に余念がない首相の口から出る追悼の言葉の数々。その冷酷で非情な態度に比べれば、遺族の野次がお上品に見えるのは私がおかしいのかもしれません。

翁長知事と野次を飛ばした方が肯定されるべきだとは思いませんが、それだけ事態は切迫しているということだと思います。時間も余裕も無いのです。沖縄に住んでいると、それをひしひしと感じます。
Commented by 愛知 at 2015-06-25 00:14 x
犠牲となられた多くの沖縄の皆様に膝をついてお詫びします。亡父の兄3人が兵隊に取られ戦死しています。ただ遠く南洋としか聞かされていませんが。戦争に加担した日本兵の甥として、本当に申し訳なく、沖縄の皆様には、ただひたすらお詫びを申し上げます。お怒りはごもっともです。安倍の甚だしい不躾、不行き届きにつきましても、お許し叶わないことと存じますが、伏してお詫び申し上げます。記事で海外ニュース映像のご紹介に深謝いたします。不勉強ゆえ、ご紹介で初めて目にしました。ありがとうございます。
Commented by NY金魚 at 2015-06-25 12:13 x
上にTBさせてもらった金魚ブログは、この記事の冒頭に出てくる「世に倦むツイッター」に刺激されて書きはじめたものです。
〈@yoniumuhibi 6月23日・式典の最中に抗議の声を上げたことが非常識かどうかは、沖縄県民が判断することだ。おそらく多くの県民は、安倍晋三への罵声を自らの代弁と受け止めただろうし、県知事の翁長雄志自身がそういう思いで聞いたことだろう。非常識なのは、辺野古の工事を中止もせず、平然と慰霊の日に来る安倍晋三の方だ。〉
そのTWを読んだあとアベの演説(というんでしょうか?アレ)を聞くと、ますます腹立たしく、怒り心頭に達し、徹夜してアップしたものです。国会でのアベヌメクラ演説も、聞いたひとが怒って、安保法正反対に奔る(逆アジ?)という意味ではいいことかもしれません。
ところで、金魚の悪いくせで、今朝からまたまたそのブログにかなり書き足してしまいました。後半*以降、ご再読いただければ幸いです。むちゃくちゃ書いてやった!!
*沖縄戦突入時の戦況は、もはや戦争とも呼べるようなものではなく、国(大日本帝国)による自国民の大量殺戮となった。安倍首相の魂の底には、満州で暗躍し ていた祖父・岸信介の亡霊が、強力にへばりついているに相違ない。さもなければ、少なくとも後半の数年、自国民の大量殺戮ゲームに成り果てた先の戦争を肯定しようなどという気になるはずがないではないか。
Commented by かまどがま at 2015-06-25 17:32 x
慰霊の日の式典の画像ではそれほど多くの罵声は録音されていませんが、浴びるような罵声の嵐でした。席を立って指差した老人はセキュリティに退席させられましたが最後まで会場の罵声はやむことはありませんでした。録画は最初の50秒前に急に聞こえていた風の音が聞こえなくなり、マイクのモードが切り変えられています。
抗議は式典会場のみにとどまらず、
Rody's Bullets http://shimazakirody.com/journal/%E6%B2%96%E7%B8%84#more-1256 … pic.twitter.com/qXUlXbAg4m
安倍の車に体ごとぶつかろうとした若者もいます。
安倍のスピーチに黙っていられず、闘病中の山城議長も翌日ゲート前を訪れ懇親のスピーチをしています。
https://www.youtube.com/watch?v=6RFkwlv-vX0&feature=youtu.be

内地では報道されませんが、これが沖縄の怒りです。翁長知事の一歩も引かない決意を支えているのは県民の心からの怒りです。
Commented by かまどがま at 2015-06-25 18:18 x
コメントのアップありがとうございます。
入力ミスのお詫びです
山城議長、渾身の、です。すみません。
穏やかに始まりますが、最後は全身全霊で怒りの声をあげています。どうかご覧ください。
Commented at 2015-06-26 08:39 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by jeffster at 2015-06-26 13:45
ここ数年、政治の大きな流れに個人の力などたかが知れている、とついついニヒリズムに陥りそうになっていた僕には、戦没者追悼式で「帰れ」コールを挙げた方々から、勇気をいただいた思いです。
現内閣の支持率低下も重なり、安倍首相とその周辺は焦って感情的にこれに反応している印象もあります。百田尚樹の暴言なんかは、まさにそうでしょうが、これも現内閣の足を引っ張る材料にしかならないでしょう。

決して楽観はできないにしても、希望は見えてきたかもしれません。


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