佐藤幸治の講演会 - 元最高裁判事は国民の前でジュリストの正論を言え

c0315619_15201457.jpg一昨日(6/6)、東大で行われた「立憲デモクラシーの会」主催の佐藤幸治の講演会は、定員700名の会場に1400人が押し寄せ、大入り満員の盛況となった。その2日前の6/4に、憲法学者3名による安保法案に対する違憲判断があり、そのニュースで世間が騒然とする状況になったため、立憲主義をテーマにした今回の講演会は非常にタイムリーな企画となり、市民の関心を惹いて集客動員に成功する結果となった。主催した側は幸運だったと言える。佐藤幸治の80分の講演は、立憲主義論のジェネラルセオリーというか、本人が研究してきた理論の集大成を分かりやすくコンパクトに纏めたもので、構成の濃い、学問的に格調高い豊穣な講義が準備されていた。パネルディスカッションの部での樋口陽一の補足議論と合わせて、憲法学のみならず社会科学の世界全体における立憲主義論の勝利を高らかに謳い上げ、決定的な通説としての確立を世間に宣言するセレモニーになっていたと言える。時局が時局であり、情勢が情勢だけに、立憲主義論のセオリーは、言わばガミラスの悪の軍団を粉砕する波動砲のような威力と頼もしさを感じさせるし、市民がこの政治でファシズムに抵抗する切り札の武器となった感がある。それでよいし、マエストロたる樋口陽一の説得力は実に圧倒的だ。日本のアカデミーへの期待を市民が繋ぐ最後のよすがたり得る、巨大で強靱な知的存在感を放っている。



c0315619_15202541.jpg一つ気になったのは、パネル討論のラスト近くで、司会の杉田敦が佐藤幸治に発言を振り、安保法案と安倍政権への批判の言葉を求めようとした場面があったのだけれど、佐藤幸治がそれに応じず、全く関係のない橋本龍太郎の回顧談に話を向け、橋本龍太郎がどれほど沖縄に思いを寄せていたかを熱っぽい調子で語ったことだ。佐藤幸治とすれば、婉曲的な批判としてそれで十分だと考え、橋本龍太郎の美談のエピソードを代わりに置いて済ませたのだろうが、聴衆はそれで満足する気分だっただろうか。杉田敦の質問は、明らかに総括的で象徴的な一言を取ろうとしたもので、このシンポジウムでどうしても必要なものだった。記者たちもその一言を待ち構えていて、それが報道記事の見出しに拾われるはずの「獲物」だった。だが、それをよく承知している主役の身でありながら、佐藤幸治は話を逸らし、安倍晋三に対する批判を言わず、法案を一蹴する直言を口にしなかった。会場の新聞記者とすれば、やや拍子抜けだったに違いなく、結局、記事の見出しとしてキャッチされたのは、「いつまでぐだぐだ言い続けるのか」という、安倍晋三ら右翼反動のしつこい改憲策動への批判となった。佐藤幸治は、なぜ安倍政権と安保法案に対して仮借ない糾弾を言わず、婉曲的な表現にボカしたのだろう。その動機を深読みするとき、保守派としての佐藤幸治の学者像が推測され想念される。体制派のイメージが重なる。

c0315619_15203590.jpg佐藤幸治は、日本の憲法学者の7割が所属すると言われる、水島朝穂が代表をつとめる全国憲法研究会に所属していない。全憲研の規約の第1条には、「平和・民主・人権を基本原理とする日本国憲法を護る立場に立って、学問的研究を行ない、あわせて会員相互の協力を促進することを目的とする」とある。護憲派であることを高らかに宣言しており、われわれから見れば当然で普通だが、右翼や右傾化した者から見れば「左翼」のレッテルが張られる集団となるだろう。1965年の設立時の世話人に、芦部信喜・小林直樹・長谷川正安の名前があり、「1970年代以降、(略)芦部信喜・奥平康弘・杉原泰雄・樋口陽一教授らを中心に、多くの若手研究者が参加して理論研究を深めました」とある。憲法学の王道であり、私の(われわれの)憲法学の通念と理解はここにある。ここから動くのが異端だ。が、佐藤幸治は入っていない。ということは、1970年代以降の憲法学アカデミーの一般基準からすれば、右寄りの立ち位置ということになるだろう。佐藤幸治の業績としては、憲法理論の学問研究の方よりも、小泉内閣のときの司法制度改革推進本部の座長としての活躍が有名である。司法制度改革によって司法の世界は根本から変わった。米国のロースクールを模した法科大学院が創設され、そこを出ないと法曹家になれなくなり、逆にそこを出た人間が法曹家として粗製濫造され、今は評判が芳しくない。

c0315619_15204697.jpg制度が施行されて日を置かず、法科大学院は定員割れと経営問題に直面し、制度の破綻が言われている。法科大学院は必要だったのか。裁判員制度は必要だったのか。司法改革は正しかったのか。司法改革の中心には、間違いなく佐藤幸治の存在があり、その構想と設計の指導性がある。「政治改革」の山口二郎のようなものだ。司法改革も、「政治改革」も、ほぼ同じ時期に動きが起こっていて、しかも核心をなす思想(イデオロギー)は同様のものだった。一言で言えば、米国化であり、英米レジーム化ということだろう。戦後民主主義の時代に築き上げられ定着してきた制度を揚棄し、米国型のモデルへと劇的に移行するプロジェクトだ。その諸「改革」は、バブル経済の繁栄気分とソ連崩壊の思想的背景の下で国民的に合意された。あの頃、バブルの頃に言われていたのは、これから日本は訴訟社会になり、米国のように権利をめぐって市民が日常的に法廷のお世話になるようになり、だから大量の法曹専門家が必要になるのだという展望と説得だった。あの当時、バブル期の1990年頃の観念と前提では、今ごろ、25年後の日本はGDPが1500兆円くらいの規模になっていてよく、小金持ちになった市民がかかりつけの医者を持つようにかかりつけの弁護士を持っていてもおかしくなかった。佐藤幸治の理想は合衆国にあり、日本の司法世界をことごとく米国化するのが夢だったのだろう。そう考えると全てが納得がいく。

c0315619_1521137.jpg「立憲デモクラシーの会」が、佐藤幸治を講師に選んだのは、安保法制を論駁するポイントが立憲主義の憲法理論にあるという着眼点もさりながら、それ以上に、なるべく保守的な位置の大御所を反安倍の陣営に引き寄せ、アカデミーの対抗配置で多数派を制しようと目したからだろう。この方略は、嘗て丸山真男らが、1958年に設立した「憲法問題研究会」に我妻栄と宮沢俊義の2人の重鎮を取り込み、改憲を目論む政府側の「憲法調査会」を骨抜きにすることに成功した政治をひそみとしているように窺われる。杉田敦らの動機はそこにあったはずだ。なるべく保守寄りのオーソドクシーの権威を味方につけ、敵側(政府側)を少数異端に追い込んで無力化すること、陣営のメンバーリストの訴求力で勝つこと、これが政治戦の定石なのだから。6/4の長谷部恭男のハプニングを契機にして、安保法案の政局と議論が集団的自衛権の憲法問題にフォーカスされ、違憲判断がホットな争点となったことは非常によかった。議論は1年前に戻り、集団的自衛権の行使が憲法上許されるのかという原点に返った。この法案を合憲と言い、政府与党の解釈改憲を支持する憲法学者は、わずか3人しかおらず、いずれも格落ちの極右異端でしかない。自民党側は苦し紛れの抗弁を始め、「憲法学者は憲法の条文の方が国民の生命と安全よりも大切な連中だ」とか、「学者は憲法9条の字面に拘泥する」などと、憲法学者を否定する暴言を吐き始めた。

c0315619_15211219.jpg週末、自民党の稲田朋美は、憲法学者による批判に対抗する理論武装として、「憲法解釈の最高権威は最高裁。憲法学者でも内閣法制局でもない。最高裁のみが憲法解釈の最終的な判断ができる」という主張を言い出した。これは、集団的自衛権の行使を正当化する憲法判断の根拠を1959年の砂川判決に求めるという、目が飛び出るほど荒唐無稽な強弁と関連し符合するもので、物言わぬ最高裁を万能の盾にして「屁理屈の砦」に逃げ込む卑劣な手法だが、自民党がその手に出るのなら、逆にリバースをかける策も打てそうな気がする。例えば、朝日新聞は、退官になった元最高裁判事にアンケートをかけ、6/4の憲法審査会での質問と同じように、今回の安保法案について合憲か違憲か判断を尋ねてみたらどうか。中には、外務事務次官だった竹内行夫のように政府と同じ極論を言う者もいるだろうが、おそらく、ほとんどの元判事は常識的に長谷部恭男と同じ認識を示すだろう。憲法学の多数意見と異なる異端に敢えて立ち、無理に安倍晋三を応援するとは思えない。そんな目立つ振る舞いをしても何のメリットもなく、右翼として世間で悪名を残し、不名誉に晩節を汚すだけだ。元判事の多くの者は私法を専門とする法吏で、芦部憲法学を学んで司法試験に合格した者たちである。イデオロギーへの強いコミットのない法務官僚だ。息子や娘も似たような東大コースを歩いていて、親として我が子に支障の出るアクシデントは避けたいだろう。

c0315619_15212511.jpgリタイアした法務官僚(裁判所株式会社のサラリーマン)の中には、むしろ柳澤協二のように、国家と国民に対する誠実な責任感から、法曹家としてこの政府の暴挙(違憲法案)に正面から異を唱える意外な者も出てくるかもしれない。そうなれば、自民党の目論見はやぶ蛇となり、物言わぬはずの「最高裁」に逆襲される事態になる。もし、その元最高裁判事たちがテーミスの神に敬虔に仕えるジュリストであったなら、砂川判決をあのように歪曲して悪用する政府の行為は、三権分立の一に属する者として絶対に許せない悪行だろう。この国の将来に禍根を残さぬためにも、勇気を出して、マスコミに出てジュリストの正論を言うべきだ。最後に、蛇足ながら、今回の「立憲デモクラシーの会」のシンポジウムは、霞ヶ関の官僚たちに向かって、主催者たちが、われわれを取るか、安倍晋三を取るか、二つに一つを選択せよと迫るメッセージを発しているようにも見えた。法文1号館の25番教室という会場をわざわざ設定し、建物の由来に触れ、「八角講堂」の土台が残っているという逸話を挿入したのは、そういう意図からの演出ではなかったのか。正統はこちらであり、官邸の方は悪魔の異端が蟠踞し、この国の政府を支配しているけれど、それでいいのか、ファシズムの奴僕になって国家を戦争に引っ張って行っていいのか、目を覚ませと、美濃部達吉以来の正統学府の立場と系譜を思い出せと、由緒あるレトロモダンの学舎と教室の卒業生たちに呼びかけているように聞こえた。オーソドクシズムの強調があり、誰に向けてのアピールか瞭然だった。

この国の統治機構に関わるエリートたちに、法とは何か、憲法制定権力とは何かを、もう一度真摯に考えよと。


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by yoniumuhibi | 2015-06-08 23:30 | Comments(8)
Commented at 2015-06-09 01:28 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 長坂 at 2015-06-09 03:48 x
稲田が期待する、砂川事件上告審判決での裁判長田中耕太郎の補足意見。「かりに、、、(駐留)が違憲であるとしても、とにかく(駐留)という事実が現に存在する以上は、その事実を尊重し、これに対し適当な保護の途を講ずることは、立法政策上十分是認できる。」既成事実化すれば、違憲だろうがなんだろうが無理矢理合憲なの?アメリカ大使と事前打ち合わせのインチキ裁判なのに。稲田の場合、( )内にネオナチ又は在特と入れると納得がいきます。
Commented by 私は黙らない at 2015-06-09 05:11 x
ここ最近、一字一句、文字通りかみ締めるようにしてブログを読ませていただいています。知らない人名、語句をグーグルで検索しながら。ブログのみならず、コメントからも様々なことを学ばせてもらっています。
 バブル前夜に大学時代を過ごした私は、今まで選挙に行くのも面倒くさがるような人間でした。(恥ずかしながら告白します。)しかし人間、守るべきものが出来ると我ながら変わるものだと思います。遅ればせながら母となって、子の将来を思う時、この風潮に強い危機感を持ちます。今まで、権利というものは、あって当然という感覚でしたが、そうじゃない、時には身を張って守らなくちゃいけないものだとひしひしと感じます。
 冷戦が終わり、対テロ戦争と騒ぎ出したころから、この狂気が始まったような気がします。私は自分が右とか左とか考えたことなかったけれど、所謂「右寄り」の学者まで「サヨク」呼ばわりされる世なら、潔く「サヨク」を名乗ろう。今の時代、「サヨク」=「良心」なのだから。
 自民党内にも慎重論をとなえる議員がいるはず。先生方も落選すればタダの人。軍艦ABE号に乗ってると、次落選しそうだと思えば、離反する。左からの風よ吹け!
Commented by インコ at 2015-06-09 10:52 x
G7サミットで賛同を得た、「ロシアや中国の、力による現状変更は許されない」の安倍総理の発言を、そっくりそのまま、安倍総理ご本人を始め、谷垣幹事長、稲田政調会長へお返しします。
サミット開催中の発言とは裏腹に、閉幕時、「(憲法学者の)違憲判断は当てはまらない」の、根拠を伴わない日本向け発言。どの口が言うかっ!です。
Commented by インコ at 2015-06-09 11:29 x
済みませんが、先のコメントに補足です。
安倍総理の、サミット閉幕後の発言ですが、根拠無しにではなく稲田政調会長と同様に、「砂川事件の最高裁判決」を持ち出しているんですね。
また、自分に都合のいい解釈ですか。
Commented by 梅子 at 2015-06-09 16:13 x
数十年、数百年かかろうとも希望というものは決してなくならない。非立憲というのは精神の否定であり政治家は決してやってはいけない、そういう意味合いであった(佐藤幸治)

佐藤先生の講演はすばらしいものだったようですね。
上の文章は佐藤先生の教え子になる細野豪志のツイッターから拾ったものですが、細野もしっかりしろよと思いながら、この言葉には心動かされました。
日本という国から知性が消えてしまったかのような昨今、憲法学者の先生方のおかげで久しぶりに良い言葉をいろいろ聞きました。
自民党は最初長谷部先生ではなく佐藤先生を参考人として招致するつもりだったようですが、結果は同じだったでしょう。
もう一つ良かったことは先ほど言った「知性」の話ですが、この泰斗たちの言葉と姿に触れて、首相を始めとする自民党議員たちや彼らを熱狂的に支持するウヨたちが持ち上げ自分たちの思想のよすがとしている産経文化人?たちのあまりの軽薄さ、知性のなさがあからさまになったことです。
まともな学術誌に論文を発表するでなし、学会からも評価されていないのに、「教授」の肩書きで産経やWillに下品な文章を書いている人たちと今回の本当の学者の先生方を並べたとき、多くの人が歴然とその差に気づいたことでしょう。
Commented by swissnews at 2015-06-09 17:36
この「安保法案」が国内の学門的な司法的な明確な判断を無視し、もし政治的に通過した場合は、日本の国民の責任になるだけでなく、日本の知識人の敗北にもなると海外では捉えるだろう。日本の知識人は行儀良く、深くDeteilを学習し、メモして自分が納得すればそれで満足するのかもしれないが、一旦法的に決まってしまえば、それを変えていくのはまた何十年もかかる。なぜ、行動しないのかと不思議に思われるだろう。欧州の知識人は自分で行動するか、他を行動させる策略がある。トルコの独裁的与党が過半数を失い改憲不可能になり、弾圧を受けていたクルド人党が13%の票を得た。スペインもイタリアもギリシャも若い民主から左派の力が台頭してきている。日本の知識人が自分で行動できないなら子供や孫を、あるいは一人3人を国会広場に送る覚悟がなくてはだめのでは。日本の危機感を知る頭の良い日本人は沢山いる。多少違う見解や、戦略的なものかあってもひとつの力になれないものか。

Commented by Columbites at 2015-06-15 13:01 x
「高村正彦の過去答弁」に焦点を当てて明文化した記事は,私の知る限りブログ主氏のものが最初です.著者には,内容に関する責任とひきかえにプライオリティーが与えられます.それを理解できない者が研究不正を犯します.TVのひな壇に並んでいる連中の多くが「小保方級」のオツムしか備えていないことを実証した社会実験と言えなくもありません.さぞかしお腹立ちだと思いますが,見る人は見ています.これに懲りず,今後も正しい言説を発信し続けて下さるよう願ってやみません.


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