護憲集会で手を繋がなかった長妻昭 - 時代の役割を終えた民主党

c0315619_10275762.jpg5/3に横浜の臨港パークで開催された「5.3憲法集会」は、主催者発表で3万人を集める盛況となったが、このイベントで特に注目され話題となったのは、出席した長妻昭が隣の志位和夫と手を繋ぐことを拒否する事件が発生したことだった。挨拶が順調に進行して、護憲のモメンタムを高めるイベントとして成功したかに見えた最後の瞬間に、思わぬ興醒めのハプニングが生じ、集会後はこの問題をめぐってTw界隈が大騒ぎになった。四党の代表のスピーチの後、壇上で手を繋いで団結の絵を作るパフォーマンスの段になったとき、三党(生活・社民・共産)は手を繋いだが、民主の長妻昭が志位和夫と手を繋ぐことを拒否し、意外で滑稽な顛末になったのである。当日の夜のTwを見ると、長妻昭の不作法と非常識を責める声が圧倒的に多かったが、中には擁護する民主党支持者の声も幾つかあった。糾弾派と擁護派の二つに割れた反原連系では、またぞろ(お家芸の)内ゲバごっこの種がくすぶる気配となっている。3日経ったが、長妻昭のTwは沈黙を続けたままだ。私のTwをフォローしている長妻昭のアカウントには、「議員の前は、NECの営業マン(汎用コンピューター)、日経ビジネス記者をしておりました」と自己紹介がある。何ともかわいい。憎めない。民間企業出身の原点を大事にしている。



c0315619_1028953.jpg長妻昭が売っていたのは、IBM非互換の、すなわち富士通製品に対して決定的に競争力の劣るハネウェルベースのACOS4だった。したがって、営業マンの販売力で売らなくてはならなかったのであり、「商品を売る前に自分を売れ」のマーケティングの鉄則に準じ、新規顧客を開拓し、リプレイスを勝ち取り、必死に市場に食い込んでシェアを奪っていた経緯がある。1980年代前半の話だ。長妻昭も、長い政治家生活を経て相当に面の皮がぶ厚くなったが、この男らしい偏屈直情の個性が芯にあり、こういう場面で「演技」ができない素人臭さが表出すると、そう見ることもできないわけではない。だが、そこまで長妻昭に内在的に理解を及ぼしてやることは、この政治事件を客観的に捉える視角を失う陥穽に繋がるだろう。共産党と手を繋ぐパフォーマンスは拒否すると、最初から想定しているのであり、護憲で共産党と連携することはないと、民主党の関係者や支持者に対して、そして国民一般に対して、左派の代表として明確に態度でメッセージを発したのだ。分かりやすい絵を作った。聴衆の前で語った演説も、安倍晋三による改憲論議には慎重な姿勢で臨むと言ったが、改憲に反対だとは言明しておらず、護憲の立場からこの集会に参加したわけではない。民主党には改憲を主張する右派があり、右派が多数派だ。

c0315619_10282377.jpgその右派の代表として松原仁が5/1の改憲集会に出席していて、これもマスコミ報道で大きく取り上げられた。要するに、改憲派の集会には右派の松原仁を出し、護憲派の集会には左派の長妻昭を出し、この党のありのままを国民の前に示して支持を訴えているのであり、どちらからも票が欲しいという意味に他ならない。そして、松原仁の立場は中曽根康弘や船田元や平沼赳夫とフルコンパチブルで、手を繋ぎ合えるのだが、長妻昭は志位和夫とは手を繋げないのであって、民主党がどういう政党か、あらためてベーシックな政治的事実を復習させられる事件である。民主党の憲法についての立場は、公式的には論憲と呼ばれていたが、改憲を容認している。改憲の中の一つであり、護憲とは明確に一線を画しつつ、自民党の改憲には同調しないという立場である。護憲は排除するが、改憲は排除しない。分かりにくい主張と立場だった。これまで民主党の憲法論議を仕切ってきた詭弁の得意な枝野幸男は、簡単に本質を言えば、棚上げの論法で処理し回避してきた。民主党の支持者や労組の中には護憲派もあり、これを切ることはできないから、問題を曖昧にして、護憲・改憲どちらにもいい顔をして、こんな問題は重要なことではないから、先に政権交代をやりましょうと国民に訴えてきた。10年間で党内は変容し、旧社会党議員がいなくなり、改憲派ばかりとなった。

c0315619_10283797.jpgそのため、枝野幸男的な棚上げ路線は、もう限界に来ていて、党として改憲で方針を纏める時期なのだが、安倍晋三と自民党がどんどん極右へ暴走して行き、それに警戒したり抵抗したりする国民の声が大きくなっている状況があって、その層の票を共産党に奪われないよう阻止するため、長妻昭を左向けに宣伝して売り出し、棚上げ路線を続けているというのが実情なのである。私は、以前から、「政治改革」のムーブメントは、社会科学における脱構築主義が政治や政治学に流れ込んだ潮流だという議論を立てて批判してきた。右と左の二項対立は古い冷戦思考で無意味だとか、護憲と改憲の対立は戦後思考の遺物で時代遅れだとか、そういう(脱構築の)主張が民主党を支えてきた根幹の思想である。自分たちは冷戦思考の二項対立を超えたところに立脚していて、古い過去でなく新しい未来を向いた党で、イデオロギーではなく地道なマニフェストで問題解決していく党であるというのが、民主党の看板であり宣伝文句だった。そうしたセールストークにすっかり騙されて、自己欺瞞の挙げ句に社共の支持層が転向し、民主党に期待するクラスタとなったのだけれど、20年経ち、看板のメッキが剥がれてボロボロの正体が露わになった感を否めない。今まさに、民主党はこの国の政治の中で政党としての存在意義を失っている。問われているのは、改憲か護憲かと言う二者択一の根本問題だからだ。

c0315619_10284784.jpg思えば、この国の左派は、80年代後半以降、ずっと憲法を蔑ろにしてきた。社会主義から転向し、革新の衣を脱ぎ捨てる過程で、用済みの護憲も一緒くたに丸めて廃棄し、棄てた護憲の後始末を社共という泡沫政党に押し与え、自分たちは新しい「政権交代可能な二大政党制」の夢の方へ逃げて行ったのだ。「政治改革」とは、選挙制度を小選挙区制に変え、二大政党しか生き残れない英米型の政治の仕組みを固め、少数政党を政治の地平から排除し抹殺するプロジェクトのことである。そんなものを実現してくれと下から要求して請願した市民運動はなかったが、上から、朝日新聞と岩波書店が猛然と宣伝扇動の工作を仕掛け、バブルの頃、社共の支持層を洗脳して切り崩しに成功、改宗を促して巧妙に実現へ運んで行った。長い射程で捉えれば、まさしく悪質な詐欺そのものだと言える。そのとき、テレ朝の番組に毎晩のように出演し、政権交代のバラ色の未来を約束し、古い冷戦時代の55年体制から決別せよと説教していたのが、売り出し中の小僧の山口二郎だったこと、よもや忘れた者はいるまい。憲法は置き去りにされ、9条は二大政党制が定着した彼方で変えられる運命となった。9条の思想と9条を守る運動は、そのとき、古くて邪魔な粗大ゴミとされ、価値を否定され、乱暴にゴミ箱に捨てられたのだ。その「政治改革」運動をマスコミで推進した旗振り役が、毎日の岸井成格だったこと、この事実も忘れてはならない。

c0315619_1029217.jpg90年代にアカデミーを支配する脱構築屋たちは、戦後政治のイシューの悉くについて、特に左派が抵抗した運動や主張に対して「イデオロギー」のレッテルを貼り、「イデオロギーは無意味だ」と一括して貶める挙に出る。講和問題のときの戦後知識人の運動や60年安保闘争を丸ごと否定し、否定した言説(脱構築)を、出版や大学で広めてアカデミーの常識にした。戦後民主主義が否定された。だから、右翼ではない若者も、戦後政治については正しい知識と認識を持たず、「右でも左でもない」にコミットし、何かの一つ覚えの総動員体制論を言い、軽口で丸山叩きと大塚叩きを言うのである。朝日や岩波は、日本で英米型の二大政党制が定着すると本気で思ったのだろうか。民主主義が発展すると思ったのだろうか。脱構築の思想が政治方面に外化したのが「政治改革」であり、「政治改革」が産んだ政党が民主党である。理念のない寄せ集め集団で、ただ政権を取ることだけが目的の政党で、政党の本来の定義から逸脱した政党だった。今、憲法問題が国民的な争点になり、民主党はそこで有効な政論を立てて国民に提示することができない。党内が滅茶苦茶な政党は、今のような政治状況で生き残ることは難しいだろう。選挙制度は小選挙区になっていて、民主党に有利なシステムには違いないが、護憲を求める国民が民主党に期待を託せる条件はない。護憲と改憲の角逐の中で、民主党は存在感を発揮できず、役割を終えることになるだろう。

そのときが、「政治改革」に歴史の総括が与えられるときだ。


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by yoniumuhibi | 2015-05-06 23:30 | Comments(2)
Commented by 愛知 at 2015-05-06 18:49 x
「戦前、日本は国際連盟から離脱、世界に背を向けて戦争の道を歩み、想像を絶するような惨禍を諸国民に与えるとともに、自国民にも及ぼした。」「その反省の下に国際協調主義を誓った戦後の日本はいかがであろうか。戦後のハンセン病隔離政策が映し出すのはこの反省が皮相なものでしかなかったという点である。戦前との強い連続性が認められる。問題は戦後の方がより深刻と言えるかもしれない。」「国、社会によって人間が選別され、命が選別される。このような非人道的な行為が日本国憲法の下で違法とされるどころか、合法化されたことは衝撃的である。」長妻さん、厚労省のHPからの引用ですよ。「中世、非人宿が形成され、『癩者』はその中に編入され、その中で最下層に位置づけられ」~満州事変~八紘一宇~朝鮮総督府~貞明皇后の政治利用~宗教界の悪事~皇族の関与まで、レポートは厚労省HPの「ハンセン病問題に関する検証会議・最終報告書・2005年3月・財団法人日弁連法務研究財団・ハンセン病問題に関する検証会議」からの引用。一切のタブーを排し、すべて関係者の実名を記した152頁の迫真のレポートは、まるでこちらのブログを拝読しているような錯覚に陥るほど。「ハンセン病患者への差別的な対応は、日本国憲法が司法に期待したものとは正反対のものであった。司法もハンセン病患者・元患者のもとに立つことはなかった。」「私たちの『教育』というのは、国策によって作出、助長、維持されたハンセン病患者・家族に対する差別・偏見の解消を『無癩県運動』の影響にいまだ支配されている個々人の『善意』に委ねるだけで傍観するというものでしかなかったのではないか。」(同引用)今回の記事で戦後の野党政治について明瞭にご教授頂き深謝いたします。私は政治に詳しくなく、何となくですが、普通の市民代表かなと感じ、長妻さんには勝手に親近感を抱いていたのですが。こちらの記事で「長妻事件」を知って、がっかりです。長妻さん、厚労省のHP見て、少しは勉強したら。日本国憲法のどこが気に入らないの。理解の外です。
Commented by まゆ at 2015-05-12 16:49 x
敵対していては、平和は得られない。戦いからは、何も生まれない。


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