護憲のシンボルと説得力 - ベアテ・シロタを悼んだ皇后陛下の言葉

c0315619_1683982.jpg憲法記念日のタイミングで発表されるマスコミの世論調査がどうなるか、今年は特に気を揉んでいたが、さほど悪い結果になっておらず安堵させられた。NHKの報道では、「改正する必要がある」が28%、「改正する必要はない」が25%となっている。この数字は昨年とほぼ同じ比率だが、一昨年の「必要ある」42%、「必要ない」16%から比較すると、一昨年から昨年の間に世論が護憲の方向に大きく振れ、その状況が変わらず現在も続いていることが分かる。マスコミ他社の結果もほぼ同様だが、日経を見ると、「改正すべきだ」が42%、「現在のままでよい」が44%となっていて、2004年の調査以来初めて護憲が改憲を上回るという結果が出た。この日経の数字は興味深い。2012年末に安倍晋三が政権を握り、橋下徹の維新が躍進し、社会全体が右傾化して世論は大きく改憲の方向に流れたが、その後、秘密保護法の政局があり、戦争の危機が現実のものになり始め、リバウンドして護憲を支持する世論が改憲と拮抗するまでに至った。今、護憲派と改憲派は世論においてイーブンである。この政治認識は重要で、マスコミであれほど強力に改憲プロパガンダがシャワーされ、また、改憲を先取りした暴走を続ける安倍晋三の支持率が高止まりしながら、護憲の世論が崩れてない現実は刮目に値する。



c0315619_169142.jpg日経の4月の世論調査を見ると、安倍晋三の支持率は52%で、不支持の35%を大きく上回っている。にもかかわらず、護憲が改憲を上回るというのは、意識に捻れがあり、アベノミクスは支持するけれど改憲は支持しないという国民が多くいることを意味する。よく考えれば、秘密保護法にしても、集団的自衛権の行使容認にしても、今回の安保法制にしても、世論の多数は反対の意思表示をしていて、要するに、安倍晋三の安保政策は国民の多数から支持されていない。安倍晋三の安保政策に対する反対や警戒の声が、選挙結果としては反映しなかったけれど、こうして改憲か護憲かを問う世論調査にあらわれたと、そう分析していいだろう。護憲派の立場に立つ一人からすれば、日経の今年の調査結果は感慨深い。護憲vs改憲のグラフの推移を見ても瞭然であるように、この20年ほど、護憲派は常に異端で少数の日陰者であり、マスコミ論者によって「左翼」のレッテルを貼られて排斥され辱められる政治的存在だった。護憲を掲げる政党が虚弱な共産と社民であるため、護憲派は、恰も適者生存の自然環境における絶滅危惧種のように矮小化されて報道され、価値を否定された存在であり続けた。憲法の意義を正しく説き唱える者はマスコミに登場することなく、時代遅れの負け犬の表象が社会の常識として固められ、絶えず侮蔑とバッシングが繰り返された。

c0315619_169363.jpg護憲の信念を保持する者、憲法の価値を肯定する者は、いわゆる左翼リベラルの中でも減少してゆき、護憲にコミットしたり護憲派を標榜することは、左翼業界の中でむしろ商売上マイナスの属性となり、市場で売れない要素となった。そうした市場の論理が空気を支配し、護憲の立場への逡巡や躊躇が動機として積み重なり、護憲から距離を置くモードとスタイルが流行するようになった。憲法9条を相対化した言説で、何やらアクロバティックに身をくねらせる、「右でも左でもない」小熊英二的な脱構築系の思考が左翼リベラルの主流の態度となっていた。土井たか子とか、福島瑞穂とか、異端表象を被せられて公共空間の中で愚劣視され、ひたすら価値剥奪されてきた護憲が、こうして日経の世論調査でも改憲を上回ったことは、そこだけに注目すれば歓喜に堪えない快挙だ。そこには、やはり憲法の不滅の輝きがあり、普遍的な価値がある。時代の移ろいの中で、どのように傷つけ貶め卑しめても、古びて衰えることのない生命力があり、前文条文の一語一句にハッとさせられる感動がある。福島瑞穂のような、言わば手垢にまみれた軽薄な表象に還元して観念化できない、気高い理想と清純な精神の実体がある。憲法の前文や条文を読むと、熱く語りかける英気があり、誓いを立てた戦後の人々の清冽な息吹が伝わってくる。戦争の悔悟と反省があり、生き残った者の責任と決意がある。

c0315619_17521822.jpgこの2年間、護憲派は静かに世論のシェアを拡大させてきた。それは安倍晋三の戦争政策の暴走がもたらした所産であり、市民の危機感の表出に違いないけれど、もう一つ、前の記事でも指摘したように、護憲のシンボルとして両陛下の存在が出現したことの影響が大きい。2013年12月、特定秘密保護法案が国会で可決成立(12/6)した直後、天皇陛下は80歳の誕生日の記者会見(12/18)でこう所感を述べている。「戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います」。会見の反響は大きかったが、この天皇陛下の言葉を嘲笑うかのように、そして秘密保護法の成立を「英霊」に報告するかのように、12/26に安倍晋三は靖国参拝を強行した。そして、米国政府から「失望」の警告を受けた。そこから4ヶ月後の各社の世論調査で、前年と打って変わって護憲派が増え、改憲派が減るという事態が起きている。当然と言えば当然の結果だが、改憲派にとっては意外な事件だったはずで、特に小熊英二のような「護憲でも改憲でもない」論者たちには、立場を失わせる衝撃の出来事だったと思われる。

c0315619_1692420.jpg政治の主張や立場として生命力を失っていた護憲に、力を甦らせたのは両陛下だ。2013年の10/20、79歳の誕生日を迎えた皇后陛下は、文書でこのように言葉を綴っている。「5月の憲法記念日をはさみ、今年は憲法をめぐり、例年に増して盛んな論議が取り交わされていたように感じます。主に新聞紙上でこうした論議に触れながら、かつて、あきる野市の五日市を訪れた時、郷土館で見せて頂いた『五日市憲法草案』のことをしきりに思い出しておりました。明治憲法の公布(明治22年)に先立ち、地域の小学校の教員、地主や農民が、寄り合い、討議を重ねて書き上げた民間の憲法草案で、基本的人権の尊重や教育の自由の保障及び教育を受ける義務、法の下の平等、更に言論の自由、信教の自由など、204条が書かれており、地方自治権等についても記されています。当時これに類する民間の憲法草案が、日本各地の少なくとも40数か所で作られていたと聞きましたが、近代日本の黎明期に生きた人々の、政治参加への強い意欲や、自国の未来にかけた熱い願いに触れ、深い感銘を覚えたことでした」「この1年も多くの親しい方たちが亡くなりました。(略)日本における女性の人権の尊重を新憲法に反映させたベアテ・ゴードンさん、映像の世界で大きな貢献をされた高野悦子さん等、私の少し前を歩いておられた方々を失い、あらためてそのご生涯と、生き抜かれた時代を思っています」

c0315619_1693515.jpg2013年10月は、まさに秘密保護法の政治戦の序盤のときだった。皇后陛下の誕生日の文書は、震災など災害について触れた後で、言わば最も大事な本論として述べられている。憲法問題が言及されている。そのことに、今さらながら率直な驚きを覚える。この2ヶ月後に天皇陛下の誕生日の言葉が出ている。天皇陛下の言葉の中にある「当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないこと」という文言と、皇后陛下の「日本における女性の人権の尊重を新憲法に反映させたベアテ・ゴードンさん」という言葉は、符牒が合うものであり、二つでセットだということが窺える。つまり、皇居の居室でテレビのニュースを見ながら、二人で眉を顰めて話し合っているのであり、憲法を蔑ろにして平和を壊す安倍晋三の極右暴走に対して二人で深く懸念を覚えているのだ。二人とも平和と護憲の人であり、戦後民主主義の子だからだ。政治への関与と接近を厳禁されている天皇と皇后という立場で、ここまで踏み込んで、反戦と護憲を言い、コミットの態度を示すことは、本当に勇気の要ることだと思わされる。何故というに、先ほどから書いているように、護憲という立場は、今では政治環境の異端に生息するマイノリティであり、弱々しく惨めな希少生物で、マスコミの定番論者には一人もいない存在だからだ。護憲派がテレビの政治番組に出演すれば、忽ち、司会者を含めた改憲派に粗暴に袋叩きにされ、発言すら強制的に遮断される。それが当然なように。

c0315619_1694641.jpg護憲は「左翼」のレッテルを貼られ、古くさい悪の表象となり、そのことがマスコミの世論工作と教育の繰り返しで固定観念となり、この国の支配的な通念となっていた。そうしたイデオロギー状況を打ち破る護憲の言論の救世主も遂に登場することなく、左翼陣営はただ年をとってうらぶれ、落ち武者たちが抜き足差し足で護憲と戦後民主主義から離れ、そろりと転向し、脱構築にすがりついて理想を失っていた。護憲の説得力を新しく甦らせる者は、アカデミーにも論壇にも出ていない。昨日(5/3)の横浜での憲法集会を見ても分かるとおり、80歳の大江健三郎とか、84歳の澤地久枝とか、80歳の樋口陽一とかが、老骨に鞭打って雛壇に並び、マイクの前で声を絞り出している。昨日は、特に印象に残るメッセージは何もなかった。彼らは、目の前の(身内である)3万人と響き合う言葉を発しているけれど、改憲派を護憲派に変える威力のある言葉は発していない。今、私が確信するのは、護憲の説得力を作り担っている中核が両陛下だという事実である。二人が護憲のシンボルになっている。二人が戦後民主主義を蘇生させている。皇后陛下がベアテ・シロタの名前を挙げた前段に、「多くの親しい方たちが亡くなりました」という言葉がある。皇后陛下はシロタを皇居に呼び、歓談したことがあったのだろうか。映画『ベアテの贈りもの』の制作委員会の代表は赤松良子で、制作を指揮統括したのが岩波ホールの高野悦子である。皇后陛下と赤松良子・緒方貞子は仲のいいお友だちだ。

赤松良子をサロンのブリッジにして、皇后陛下はシロタと高野悦子と膝を交えた親交があったのかもしれない。ラディカルな護憲平和主義に圧倒される。


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by yoniumuhibi | 2015-05-04 23:30 | Comments(7)
Commented by 愛知 at 2015-05-05 00:43 x
天皇皇后両陛下の「気高い理想と清純な精神の実体」を仰ぎ見ると目頭が熱くなります。昨年12月、両陛下インドご訪問の折、天皇陛下は、53年前の皇太子皇太子妃としてのご訪印を振り返られ「民主主義、国際主義、さらには非暴力を旨としたガンジーの思想の流れをくむ平和主義を理想とする国造りへの高い志に触れたことは、今日もなお私どもの中に強い印象として刻まれています。」とのおことばを。その月、ブログ主様は天皇誕生日の陛下の会見、豪雪地帯の高齢者の雪下ろしへの言及を紹介されていました。雪下ろし問題は「高齢者の犠牲増やさぬ対策を」と2011年2月、新聞赤旗も主張。その赤旗は先々月、陸自北部方面隊が隊員、約3万8千人に遺書を書かせていたとスクープ。転載報道もされていたため、万一両陛下のお目にとまったときは、どれほどのお嘆き、お悲しみかと心痛みます。ご教示の通り護憲の崇高な理念を甦らせたのは両陛下の清純な精神に他ならないと思います。地方人ゆえテレビで見るくらいですが、福島瑞穂の護憲は、今の共産党も含めてですが、数少ない固定客、谷町への商売上のリップサービス「護権」との印象。多少メディアの扱いが改善されても、とても広く深く浸透するとは思われず。天皇陛下は日本魚類学会員で28編の論文を発表されており、日本一の激務と思われるご公務を考えるとそれだけで頭が下がります。ブログ主様は小保方問題で―――科学の子として育った~「科学の方法」を厳しく説諭された~今の大衆は科学から疎外されている―――と教示されましたが、両陛下の「気高い理想と清純な精神の実体」は自然科学、換言すればあくなき真理の探究というご努力の賜なのでしょう。絶滅したと思われていたクニマスが生存していたように、憲法を尊び守り続けることが光の中心となるよう、南シナ海に要らぬ波風が立たぬよう祈るばかりです。
Commented by swissnews at 2015-05-05 06:18
72年にオランダに行ったときレストランで日本人と聞かれて冷淡に扱われた。同伴のドイツ人がオランダ、インドネシア、日本軍の関連話を説明してくれ、天皇陛下が先に来た時車に卵なんかも投げられた云うことも教えてくれた。私の知識はその時、皆無に近く深く恥じ入ったものだ。その後、皇室の方や雅子様が、オランダと日本の交流を昔のように復活させることに力を尽くされたようだと聞いた。日本の政治家が誰も成し得なかったことではないか。私は別に皇室のファンではないが、欧州のメディアが敬意を払ってくれる一貫したシンボルは皇室だと、むしろそれが唯一とも思われるようになってきた。どの国家も必死に生き延びるために大きな眼を外に向けているのに、日本は自分だけしか見えないナルチスト国家ではないかと見える。日本の若者が戦闘に行くなんて考えられない。目的地につくまで皆失神してしまうのではないかと思うほど外界は厳しく不条理にあふれている。9条を守るしかない。
Commented by NY金魚 at 2015-05-05 06:58 x
ジャン・ユンカーマン監督の『映画日本国­憲法』が5月3日から7日までの5日間、WEB上で全編公開しています。
”5月3日は憲法記念日「映画日本国憲法」全編大公開” で検索してみてください。
日本国­憲法を、少しでも変えちゃっていいんじゃないかと思っている方々のすべてに観ていただきたい名作です。
GWのあいだ、この映画に1時間20分を使うことは、ゴールデンどころか、あなたの心のなかに珠玉の宝物を得ることになるでしょう。
● 以下、映画のなかから数人の言葉を書き出しました。
◆ ジョン・ダワー:でも、普通の国とは何ですか? アメリカを普通だと言うなら恐ろしいことです。アメリカは非常な軍国主義に変貌してきたからです。
◆ C・ダグラス・ラミス:アメリカに住んでいると、次々、次々戦争をするのが常識。日本にいると、戦争しないことが常識。平和はあたりまえ。9条は傷だらけだけど「生きている」。9条とは、戦争をする権力を、政府に「持たさない」ということ。…続…
Commented by NY金魚 at 2015-05-05 06:59 x
…続… ◆ ノーム・チョムスキー:日本は普通の国になれます。例えば1930年代のような。野蛮で凶暴で「中国のならず者さえ押さえ込めばアジアに楽土が築ける」と人びとを煽った時代のように。「普通」とは残念ながらそんなものです。チンギスハーンも、そうですよ。残虐行為や暴力破壊を終わらせるために、人類は特に20世紀にさまざまな試みをしています。ついに人類も理解しはじめたのです。人類がつくった暴力手段は、あまりにも巨大なため、大国を巻き込んだ戦争は、生物すべてを消滅させると… 国連憲章は目的を持って導入されたシステムです。世界平和を実現するために、国際問題における武力行使や、武力で威嚇する行為を排除しようとしたのです。国際法の枠組みともなりました。国連憲章の冒頭にはこのように書かれています。「人類を、戦争の呪いから救いたい」この武力行使に関する規定は、理にかなっていますが、ほとんど守られていません。アメリカはこの規定を忌避しています。でもこれは、世界市民が自国の政府に強いるべき規範です。なのに日本は、そこから遠ざかろうとしています。米国の網目に捕われている日本ですが、まだ選択肢はあるのです。
Commented at 2015-05-05 17:14 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by swissnews at 2015-05-06 05:28
もう一言だけ。ベアテ・シロタ氏の貴重な「ベアテの贈り物」を読む機会がありました。ジュネーブに住む日本人の方に貸して頂きましたが、彼女は知る限りいろいろな機会にスイスやフランスなどでこの話題や「日本憲法」の大事さを訴えているようでした。海外でもこのような活動があること一言お知らせを。
Commented by 晩春雷 at 2015-05-08 08:05 x
天皇ご夫妻は、もはや、最後の”護憲の砦”と言えましょうか。現代の”聖域”か。

今回は、作家、島田雅彦が5月2日(土)に朝日新聞に載せた、ほぼ一面での寄稿文を、引用させてください。朝日新聞を止めてないで良かったと思いました。長文で、ひとつひとつ改憲派の改悪論を叩き、現憲法が現実的と讃えている。
「暴力の連鎖断つ誓い 戦後日本の信用の源 改憲すれば全て失う」「理想でも遺物でもない現実的指針」との中身出し。

「9条を維持さえすれば、いつでも戦争放棄の原則に回帰できるし、中立主義や日米同盟の再考、多国間安全保障の構築などの政治的選択の幅を広げられる」
「戦争は原発にも似て、莫大な負の遺産を後世に残す。好戦的な政治家たちは戦争責任など取る気はさらさらなく、自分たちを支持した国民が悪いと開き直るだろう。」

事実、担保のように”責任は取る”との言葉を、権力者は”軽く”吐く。責任を取ったと辞任しても、死でもってすら、結局、権力者は逃げ「られる」立場。しかし、国民には、後戻りできない災いが残る、ということを、私たちは肝に銘じるべきでしょう。9条には『自国の未来にかけた熱い願い』が込められているのです。


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