閔妃暗殺と明治国家 (1) - 閔妃(明成皇后)とは何者なのか

c0315619_1724335.jpg韓国の地検が産経の前支局長を在宅起訴したのが10/8で、この日は偶然にも、119年前の1895年に閔妃暗殺事件が起きた日だった。在宅起訴の件をニュースで知ったとき、一瞬、脳裏に閔妃暗殺の歴史が過ぎり、ネットの情報に目を通していたのだけれど、そうしたら、何と同じ日の出来事だという「偶然」に気づき、愕然とさせられたのだった。その衝撃と昂奮のまま、一週間が過ぎようとしている。これは偶然の一致ではなく作為の政治であり、韓国政府からの暗喩のメッセージに違いないと、日を追う毎に確信を深めている。閔妃の問題について書かなくてはいけない。まず、日本史の教育の問題だ。私が高校で日本史の授業を受けたとき、閔妃暗殺事件は教科書に載っていた。と言うより、角田房子が「閔妃暗殺」の表紙に使っている閔妃の写真が、教科書のページに大きく載っていて、きわめて鮮烈な印象として残った。事件そのものが何とも不気味で不可解だったが、全体が薄暗いトーンで撮影された肖像の、特にプレッツェルの形状をした大きなかつらの姿が異様で、授業中にずっとその写真に見入っていた記憶がある。教科書は家永三郎著の三省堂のものだった。最近の若い世代は閔妃を知らないという噂があり、まさかと思い、手元にある山川出版社の1996年発行の教科書を確認したところ、驚いたことに閔妃暗殺の記述がなかった。エッと絶句させられたまま、信じられない気分で時間が経っている。標準と言われた山川の教科書の、本文にも欄外にも閔妃の記述がなく、索引にも名前がない。



続きの内容をレジまぐ版の方に詳しく公開しました。コメントはこちらにお願いします。ログイン画面はこちらです。


c0315619_1742371.jpg

[PR]
by yoniumuhibi | 2014-10-14 23:30 | Comments(6)
Commented by 長坂 at 2014-10-15 00:57 x
10月12日は三・一独立運動でデモを行い捕らえられ、西大門刑務所で拷問死した柳寛順の命日だそうです。この女学生の事最近まで全く知りませんでした。(恥ずかしい!)
朝鮮半島の近・現代史を知れば知るほど、本当に申し訳ないとお詫びの言葉以外見つからない。徹底的な差別政策の植民地支配からの開放、喜びもつかの間、南北分断、離散家族、朝鮮戦争、軍事独裁政権、ベトナム派兵と度重なる悲劇。本来なら日本が辿らなければならなかった道では?
今の日本は加害者だった事を忘れたい一心で被害者を貶め侮辱し嘲笑する、余りにも恥知らずで愚かな小心者。
Commented by ノンノ at 2014-10-15 14:41 x
純粋に韓国の文化に触れたくて、ここ数年は年に1、2回訪韓しているが、最近は、韓国に行くということさえ言いにくい空気感が周囲に漂っており、日増しに強くなっている恐ろしさを肌で感じている。

毎回向こうのガイドさんの口から、ここは秀吉によって全焼になったという再建された歴史的建造物を見る度に複雑な思いになる。ちょうど大河ドラマがその辺りに差し掛かっているが、あの頃からすでに始まっているのではないだろうか。

先日、数回目となる景福宮へ行った折り、この場所で妃が殺されたと説明があっただけであるが、秀吉と時代が違えどまた複雑な思いであった。安重根に関しても、ガイドさんはとても日本人に配慮した説明だった。
しかし、今回この閔妃暗殺の内容を知り、いかに残虐で辱めな行為。
唖然として言葉が出ないほどである。なぜ精神の基礎が崩れるのか、ブログ主さんのおっしゃる意味がよくわかった。
国民はもっと真実を知るべきだと思ってならない。
とても大きな勘違いをしているような気がする。
Commented by ヒムカ at 2014-10-15 21:38 x
歴史上古今未曾の凶悪事件
[@uakira2]さま、三浦梧桜『観樹将軍回顧録』のご紹介ありがとうございます。
長坂さまは謙虚な方で、>「知れば知るほど、本当に申し訳ない」と書かれています。普通の人々は知りようがなかったのです。悔やまないでください。
>「われわれが知らないということを知り、しかもなおそう《考える》ことは最高のものの《知徳》であり、われわれが知ることを知らず、しかもなお《知ると考える》のは病である」(ソクラテス)。いい言葉ですねぇ~。
これを秦郁彦氏や、連なる歴史修正主義者に突きつけたいものです。

1981年4月、朝鮮史研究会会長、旗田巍氏は、研究会の例会にて「司馬遼太郎の朝鮮観」と題して厳しい問題提出をしていました。
司馬遼太郎氏の『街道は行く』(週刊朝日)シリーズは大ヒットしましたが、その中の「韓のくに紀行」甚だしい誤謬があるという批判です。
要約すると、韓国における農村の停滞を指しながら、「外国からの侵略のほか自力では変わらない李朝的停滞」などと書いているが、真実の近代史を隠ぺいして偽造していると批判しています。
『坂の上の雲』とは、国民が少年のような希望をもって」日露戦争を闘ったという物語です。

Commented by ヒムカ at 2014-10-15 22:04 x
「明治の栄光」という偽造
日本の政府、日本軍は、朝鮮人を血の海に落として弾圧したのに…今日でも「朝鮮の独立と改革の推進のために尽力した」などと大ボラ吹いています。
明治天皇が、三浦梧桜を褒め称えたとは仰け反ってしまうような事実です。

伊藤博文は、初代総監に就くと完全植民地化のための采配をふるい、早速、天皇・皇族を大株主とする国策会社【東洋拓殖株式会社】を設立し、収奪をほしいままにしました。
日清戦争とは、朝鮮を戦場とした日本帝国主義軍隊の侵略戦争です。勝った日本は、清国の完全撤退を認めさせて、賠償金2億両(当時の日本円換算:3億1千万円)をせしめて、いよいよ日露戦争という野望に突き進んだのです。
(伊藤博文は強迫的に『乙巳条約』調印を迫ったが、強硬に反対する時の総理大臣[韓ギョソル]の頭を筒で殴ったのですよ)

Commented by ヒムカ at 2014-10-15 22:38 x
閔妃虐殺と、初期義兵の蜂起

ブログ主様、渾身の健筆、ご苦労様です。逡巡しましたが…読者の皆様に真実の多くをお伝えしたく、ここに書かせていただきます。
朝鮮では、日本の蛮行「閔妃虐殺」が伝わると、瞬く間に抗日の意識は全国にみなぎっていきました。「国母報しゅう」(王妃の敵を討つ)とは、非常にわかりやすい共鳴されるスローガンですから即座に朝鮮各地に「義兵」が立ち上がっていきました。その総大将は著名な儒学者[柳麟錫]。義兵たちは伝統的に農民反乱の拠点であった太白山に結集して義兵闘争蜂起したのです。
実は、閔妃とは国民から敬愛されるような人物ではありませんでした。朝鮮で最も保守的な封建的大地主・官僚層に社会的な基礎をもつ勢力の頭であり、もっぱら自分たちの政治的・社会的地位の保全にのみに心血そそぎ、外交上では有力な外国とよしみを通じる時代主義を特徴としていました。
1907年、夫、高宗皇帝が身を賭してオランダのハーグで開かれた万国平和会議に「保護条約」無効の密使を送ったことに比べれば一目瞭然です。
閔妃と見間違えられていた写真の原典写真集を持っています。>「宮中女官の正装」とあります。
Commented by ヒムカ at 2014-10-15 23:58 x
訂正です。
上、下から6行目「時代主義」→「事大主義」に訂正します。

また、些末ではありますが…タイトル「「明治の栄光」という偽造」訂正
下から2行目「強迫」→「脅迫」に訂正します。

ブログ主さんに声援送りたく、急ぎ、推敲もせずに書くので、いつも誤字脱字が多い私です。ここで、まとめてお詫びします。


カウンターとメール

最新のコメント

籾井が会長を退任してから..
by 宮澤喜一や河野洋平の頃は本当に良かった at 18:02
小沢一郎が自民党を離れた..
by foo at 21:08
進歩の理念を持つ人々のな..
by 宮澤喜一や河野洋平の頃は本当に良かった at 19:36
左派が、前原をほめるなど..
by 前原より小池 at 21:21
続き: ◆ 視点をアメリ..
by NY金魚 at 12:35
数カ月前の当ブログに「慰..
by NY金魚 at 04:11
細野氏の三島後援会の会長..
by 一読者 at 19:15
優れた日本型システム ..
by 優秀な日本型システム at 16:12
本当に仰る通りだと思いま..
by liberalist at 00:12
そうでした。「民主」と言..
by 長坂 at 23:45

Twitter

以前の記事

2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月

記事ランキング